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zoom RSS 日本史の「発明発見」11 百年大捜査?日本人の素

<<   作成日時 : 2015/08/15 00:01   >>

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「しうし」って言葉を聞いたことがありますか?
文字で書くなら「四牛」、神戸牛・松坂牛・近江牛・飛騨牛を指し
・・・実はこれは底の浅い冗談で、本当は「四大人」と書いて、
これを「しうし」と読みます。
「大人(うし)」とは元々が学者サンに対する尊称だそうです。

まあ尋常な読み方とも思えませんが、もっぱら「国学の四大人」
って表現する場合に使っているようですから、平たく言うなら、
「国学」の発展に大きな功績を残した四人の大学者サマ〜
くらいの意味合いになるのでしょうか。

では、その「四人」とは?
長幼の順?をもってお並びいただくと、こうなります。
荷田 春満 (かだの あずままろ/1669-1736年) 伏見
賀茂 真淵 (    かもの まぶち/1697-1769年) 浜松
本居 宣長 (  もとおり のりなが/1730-1801年) 松坂
平田 篤胤 (  ひらた あつたね/1776-1843年) 秋田

なにしろ「四大人」と称される学者さんたちですから、名前の字も
凝ってイチイチ難しい上に、その読み方だって素直なものでは
ありません。 
普通なら「はるみつ」くらいに読むだろう「春満」を「あずままろ」と
読ませるのですから、人間としての常識ってものがハナから
欠けている印象です。

それはともかく、この御四方はおよそ30年づつを隔てて誕生され
ていますから、最年長者?と最年少者?の間の年齢の開きは
100年以上になり、また全員が同時に生きていたという瞬間も
存在していません。

ですから、生身の人間としての関わりはお互いにそれほど濃い
ものはなく、むしろ社会に大きな影響を与えた「思想家」という点
で共通していると言えそうです。

では、その「思想」とは?
これもメッチャ乱暴にまとめれば、海外思想の影響を受ける前の、
元々あった「純潔?日本人の思想」を大切にすべきという主張で
あり、これが「国学」と呼ばれました。

それによれば、万葉集・古事記・日本書紀など、こうした先人達
の「遺産」?にこそ、あるべき?日本人の思想が凝縮されている
という見解になります。
逆に言うなら、舶来品?である仏教・儒教・朱子学を評価せず、
その影響を受けた?神仏習合のあり方をも否定する立場です。


荷田春満51 賀茂真淵51










       荷田 春満               賀茂 真淵
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       本居 宣長               平田 篤胤
本居宣長51 平田篤胤51












仔細な理論については、正直なところ理解が及ぶものではあり
ませんが、ただ「相対性理論」を「小学生」が理解するレベルで
「国学」に触れるなら、四牛、あっ違った!四大人の百年がかり?
の主張はこんなところになるのでしょうか。

〜現代(四大人の時代)の日本人はあれもこれも厚着している
  ために不健康に陥っていて、これは良くない・・・この際昔の
  ハダカを見直して本来の健康を取り戻そうではないかえ!〜


で、どう進んでいったのか?
これにも紆余曲折があって、決して一本道ではなかったものの、
結論だけを言うなら「古来の神道」が注目を浴びるようになり
ました。 なにせ、それ以降に付加されたものを取り除こうという
のですから、これはある意味当然の成り行きです。

こうした国学意識?は明治維新における思想面に大きな影響を
与えましたが、実は現代日本人の宗教感覚にも少なからぬ
改革?をもたらしています。

それは、〜人間、死んだらどうなるのか?〜って問題です。
〜そんなもん、現世とはまったく異なる世界・黄泉の国へ
  行っちゃうのだから、救いもなく悲しいことなんだでえ〜

古典にてらしてこう主張したのは本居宣長

その見解に対して、「宣長の弟子」を自称した平田篤胤はこう
否定しました。 ※篤胤が宣長に会ったことはない。
〜死者の魂はこの世から離れても身近な幽界から現世のことを
  眺めていて、祭祀を通じて生者と交流し、永遠に近親者・縁者
  を見守っていくのだでえ〜


つまり、後の時代から振り返って眺めてみると、当時の日本人
には、宣長「死はジ・エンドだでぇ!」という主張より、
篤胤「実は死んでも生きていのだでぇ!」というゾンビ風?の
解釈の方が歓迎されたことになります。

そこに「救い」を感じられたことが大きな要因だったのでしょうが、
その感覚は現代日本人にも抵抗なく受け入れられることとなり、
やれ「お墓参り」だとか「お盆」だとか、なにかと死者を参加させる
行事に忙しいわけです。

ということは、今この世にいる私たちは死んだ後にも、のんびり
どころか結構タイトなスケジュールをこなさねばならないわけで、
それを考えると決してウカウカと死ねるものではありません。

さて最後に、まことに紛らわしいお話で恐縮ですが、日本史には
この「四大人(しうし)に似た「幕末の四大人斬り」という表現が
あります。
ただしこの場合は、幕末に「四大人」(しうし)を斬ったということ
ではなく、ハナから純粋に「四人の人斬り名人」のことを言い
表しています・・・つまり、「ばくまつの・しうし・ぎり」ではなくて、
「ばくまつの・よんだい・ひときり」なんですねぇ。
日本語ってホント難しい!




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