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zoom RSS 日本史の「発明発見」10 ”地名改称”ゴマスリ音頭

<<   作成日時 : 2015/07/05 00:01   >>

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地名は「言葉の化石」とも言われているそうですから、逆に
言えば、「地名改称」はその昔からあまり熱心に行なわれて
こなかったということになります。 ひょっとしたら、先人達の
意識の中に、改称することに対しての宗教的または文化的な
ある種のタブー感のようなものがあったのかも知れません。

ところが戦国の時代、織田信長が本拠?の地名を「井ノ口」から
「岐阜」へと改称。
この未曾有?の作業がよほど新鮮でカッコイイと映ったものか、
この後は大勢の武将が「地名改称」に取り組むようになり、
一時期は「地名改称ブーム」?と呼んでもいいくらいに盛んに
なりました。

その一部を並べてみると、
羽柴秀吉 (1537-1598年)今浜→長浜 (現:滋賀県)
       秀吉にとっては、初めて一国一城の主となった記念すべき地。
徳川家康 (1543-1616年)引馬(曳馬)→浜松 (現:静岡県)
        「馬を引く」のは負け戦さのイメージとして嫌ったらしい?

山内一豊 (1545?-1605年)/二つの川の挟まれた土地を河中
       (こうち)→さらに二代目忠義が高智に (現:高知県)
蒲生氏郷 (1556-1595年)黒川→若松 (現:福島県)
       出身地の氏神に由来した“若松の杜”から頂いた?

加藤清正 (1562-1611年)隈本→熊本 (現:熊本県)
       清正自身が「隈本」より「熊本」の方が勇ましかろうと考えた?
黒田長政 (1568-1623年)博多→福岡 (現:福岡県)
       旧領の地名を引っ張ってきた。

これらを眺め較べてみると、この中に一つだけ際立って特徴的な
「地名改称」が混じり込んでいることに気がつきます。

少し大げさに言うなら、それを企画した本人の個性までをも
きっちりと反映させた出色の“作品”?になっているという意味
ですが、何を隠そう、秀吉による「今浜→長浜」がそれです。


岐阜城51 天下布武51










       岐阜城図(円徳寺蔵)         「天下布武」の印

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それ以外の地名改称にはこうした要素は見られませんが、
この「今浜→長浜」の「地名改称」には、主君・信長に対する
秀吉の「ゴマスリ」がばっちり見えています。
それは「信長」の名から「長」の字を頂戴して、「長浜」として
いる点で、見ようによっては偏諱を賜った形に見えなくもあり
ません。 ※功績のあった家臣などが主君からその名の一字を賜る。

これこそは秀吉の「如才なさ」、「人蕩し(ひとたらし)」ぶりの面目
躍如というべきところで、こんなハデな「ゴマスリ」?を見せられ
れば、さすがの信長でさえ、ついつい「愛いヤツじゃ」という感情
が涌こうというものです。

つまり、単なる「地名改称」ですら、主君に対する点数稼ぎ?に
利用できることに只一人気づき、それを果敢に実行したのです。 
まさしく秀吉の「人蕩し」の真骨頂というべきところでしょう。

このように捉えると、以下のエピソードにも少々の疑問符がつく
印象になってきます。
〜家内で有力だった丹長秀と田勝家から一字ずつを貰い
  受け、木下氏を改め「羽柴秀吉」となった〜


これは逆に言えば他の先輩諸将、たとえば明智光秀・佐々成政・
滝川一益などの存在を無視したかのような形にもなるので、
今後の長い付き合いまで考慮するなら、秀吉にとって必ずしも
得策とは言えません。

にもかかわらず、「如才ない」秀吉が「羽柴」を名乗ったのです
から、この説明ではいささか不充分に感じられます。
すると、「羽柴」姓の名乗りについては、こんな風にも考えられる
のでは?

“ワタシメは、皆様の末席(つまり<はし>っこ)に加えさせて頂いて
 はおりますが、出自賤しい半(はんぱ)者に過ぎません”
という
意味を込め、野心のないことの表明として、自らをへり下って
”端(はし)(は)“と名乗った・・・

つまり、これは「今浜→長浜」の地名改称のテクニックと同様に
他人様の「歓心を買う」べく練り上げた、秀吉得意の「人蕩し」術
そのものだったのでは?

もっとも、モロに“端端(はし・ば)の字を使うのではあまりに
ミエミエで、少々イヤミになります。
万事抜け目のない秀吉ですから、その辺はそうはならないように
周りのみんなが見慣れている?の字を採用した・・・
という風にも感じられるのです。

それにしても、単なる“地名改称”でさえ、主君の「歓心を買う」
テクニックを発明発見していたのですから、やはり秀吉は稀代の
「人蕩し」、さらには「日本一のゴマスリ男」だったと言えるので
しょう。

この域まで達すると、さすがの昭和の「ゴマスリ男」植木等でさえ
〜お呼びでない?・・・お呼びでないね、こりゃまた失礼いたし
  ましたッ!〜
ってな運びになっちゃいそうです。




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