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zoom RSS 日本史の「事始め」03 気迫と創意の二段構え

<<   作成日時 : 2015/06/15 00:01   >>

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その昔のこと、近所に「○○護謨」という会社があったので、
この「護謨」を「ゴム」と読むことは知ってはいました。
しかし、似たような字面ながら、「聖謨」と書く人物名を持ち
出されると、これがなかなかうまく読めません。

「ゴム」に倣って、「セイム」なり「ショウム」でいいものと思いきや、
どっこい「聖」を“トシ”、「謨」を“アキラ“と読ませるのですから、
ほんと名前の読み方って難しいものですね。

では、この「川路聖謨」(かわじ・としあきら/1801-1869年)って
御仁は、いったい何者か?
その陰には「睡眠2時間」?といわれたほどの本人の努力が
あったのはもちろんでしょうが、幕府の勘定方採用試験に合格
するや、その能力を存分に発揮した傑物とされており、その後に
おいても幕府の要職を歴任しています。

殊に「黒船来航」(1853年)以降の活躍は、特筆すべきものがあり、
ロシアやアメリカとの交渉・条約締結においては、幕府側の
責任者として大車輪の働きをみせました。

また、「アバタ面で金壷眼の特徴的な風貌の内面には
洒脱な一面を備えた、当時の日本人としては幾分珍しいタイプの
人物でもあったようです。
※(きんつぼがん)ではなく、(かなつぼまなこ)・・・だから日本語は難しい。

さらには江戸城の無血開城が決まるや、自決(殉死?)に及んだ
こともよく知られていますが、長らくの会社?勤めを経て、重役に
まで上り詰めた人物が、目の前でその「倒産」?を見たのです
から、そのとてつもなく大きい虚脱感は理解できなくもありません。

で、ここから先は、聞き飽きて耳にタコ、見飽きて目にウオノメの
方もおられましょうが、大抵の場合は、併せて以下の“話題”も
取り上げられています。

その「自決」が前代未聞?の意外な方法だったことです。
しかし、この頃の「護謨」、違った!「聖謨」は中風を患って、
思うに任せない体だったとされていますから、さてこうなると、
ついついその「自決方法」?に関心が向くことになります。


川路聖謨57 桂小五郎01 土方歳三51









     川路聖謨     桂小五郎/木戸孝允   土方歳三(新撰組)

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実は、決行の二ヶ月ほど前、日記にこう書いていました。
〜我が半身は不随であり、立派に切腹を果たすことは難しく、
  これでは臆病者のようで、まことに残念である。
  しかしながら、死はきっぱりと為し遂げるつもりだ〜


実際やり遂げました。 だから“語り草”になっているわけですが、
では一体どんな方法で? (あまり楽しいテーマではありませんが)
失敗の事態を避けるために、用心深く、二段構えで「切腹+
ピストル」
の方法をとりました。 

「聖謨」にしてみれば、武士の矜持としても「切腹」は絶対に
欠かせません。 さりとて病躯とあれば、おそらくそれを見事に
果たすことまではできない。
こうした二律背反の葛藤の中で、不自由な身体でも間違いなく
成功させられる方法として、「ピストル」の使用を考えついたと
いうことでしょう。

実際、作法通りの「切腹」に臨みましたが、不自由な体では
さすがに「絶命」には至らず、〜腹を切った上に、ピストルで喉を
撃ち抜く〜
ことで、日記に書いた通りの自らの意志を完遂させ
ました。
ですから、この「聖謨」の自決こそは前代未聞の、言葉を変え
れば、日本史上初の「ピストル自殺」ということになりそうです。

いささか話が重いので、再び「護謨」、違ったッ「聖謨」の人柄に
戻ります。
日露交渉(1854年頃)に当たったこの「聖謨」を、どうもロシア側は
すっかり気に入ってしまったようで、こんなエピソードが残されて
います。

肖像写真を撮ることを思い立ったロシア側が、「聖謨」に声を
掛けてみたところ、こんな言葉が返ってきた。
〜撮るのは構わぬが・・・〜
多分これくらいの前置きはあったのでしょうが、
〜私のような醜男を日本人の顔の代表と思われては困るゾ〜

天下の超秀才・幕府のお偉いサンらしからぬ、この飾り気のない
言葉には、ロシア側の面々もついつい笑っちゃったそうです。
肩肘張ったイメージから離れた、何かしらホンワカした人間味
あふれるユーモアを感じたということかもしれません。

これがたとえば、桂小五郎(1833-1877年)や土方歳三(1835-1869年)
あたりだったら、あるいはこんなセリフになっていたかも。
〜撮るのは構わぬが・・・〜(ここまでは同じ)
〜私のようなイケメンを日本人の顔の代表と思われては困るゾ〜





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