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zoom RSS 日本史の「もしも」05 ♪あれを御覧と指差す方に

<<   作成日時 : 2015/02/10 00:01   >>

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昭和初期の名曲の一つである「大利根月夜」の出だしは
こうなっています。 ♪あれを御覧と/指差す方に・・・
これに続くのが、  ♪利根の流れを/ながれ月・・・
ですから、「御覧」になるべき対象は、差した「指先」ではなく、
その先にある「お月さん」ということでしょう。
※昭和14年/詞:藤田まさと/作曲:長津義司

お話はコロッと飛んで、平安時代の仏教界へ移ります。
新しい仏教を取り入れようと、最澄(伝教大師/767?-822年)さんと
空海(弘法大師/774-835年)さんが「唐(中国)(804年)へ渡りました。

こう書くと、お二方だけが「渡唐」したように思いがちですが、
実際はそうでなく、この折の船数は4隻ということですから、
その人数も集団と呼べる規模のものでした。

そのうち、空海さんの乗った船は「漂着」もどき?の難儀を
辿りましたが、ともかくもこのお二方の幸運は「遭難せず」に
なんとか唐へ辿り着けた2隻の方に乗船していたことでしょう。

また、この頃の空海さんが、あちこちのコネを頼んでヤットのこと
留学団に参加が許された無名の「若僧」?だったのに対し、
最澄さんの方は、いわば「国内最高の知識人」ともいうべき
立場にありました。

しかしいつの時代でも、その人物が有名人?であればあるほど、
「雑用」?つまり挨拶回りやら訪問者対応などに時間を取られる
もので、留学団長?の最澄さんも、実際その通りの「唐生活」を
強いられるハメになり、このことが帰国後の最澄さんの行動に
反映されます。

そうした最澄さんに比べれば、空海さんの方は、幾分気楽な?
立場にあったぶん、より多くの時間を勉学に廻せ、「密教」では
「免許皆伝」?の域にまで到達して帰国しています。
このことがまた帰国後の空海さんの行動に反映されます。

お二方は文字通り「生死を共にした」仲ですから、帰国後も
親しい交流は続きました。 そうした中で、最澄さんが空海さんに
「密教」の教えを乞い、またその上に参考書?まで借りるように
なったわけです。 なぜ?

おそらくは、多忙な唐生活を送った最澄さんには、「密教習得は
まだまだ不十分」との思いがあったのでしょう。 
つまり、ここへ来て、お二方の「唐生活」の差が「密教」習得の
面に現れてきたということになります。

 とは言うものの、道中トラブルや行事等を差し引いた実質の「勉強期間」は
 最澄さんで「十月」程度?であり、空海さんでも「十二月」程度?・・・


遣唐使船01 曼荼羅01










             遣唐使船             国宝「両界曼荼羅図」

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こうなると、「国内最高の知識人」である最澄さんといえども、
およそ「密教」については、空海さんの「弟子」の立場ですから、
そこはそれ、きっちり師弟としての礼を取ったようです。
もちろん、それには空海さんも真摯に応えていました。

そもそも「密教」というものは、文字通り「密」なるもの、つまり
「言葉や文字では言い表せないもの」であり、「心で感応し
会得する」より他にないとされています。
〜なんて分かりにくい代物なのだ!〜と文句をつけても始まり
ません・・・そこが「密教」の真価?であり、ウリ?なんですからネ。
※だから「曼荼羅」が重要視される?

それはさておき、それまで最澄さんの「密教参考書」拝借の願い
に気持ちよく応えていた空海さんが、ある時これを断わりました。
このことが原因になったのか、はたまた他に理由があったのか
その辺はよく分かりませんが、ともかくこれ以降のお二方の仲は
次第に微妙なものになっていき、ついには決別に至っています。

ですから、もしもその原因?がこの「参考書貸借」にあったと
したら・・・こういう経緯も考えられるのではないでしょうか。
それが冒頭の昭和名曲「大利根月夜」の一節です。
♪あれを御覧と/指差す方に/利根の流れを/ながれ月・・・

つまり、空海さんはこう言いたかった?
〜最澄さんの意欲は、まことに頭が下がる思いです。
  されど、文字で書かれた「参考書」は「密教」の方向を示した
  「指先」(案内板?)に過ぎず、その「指先」の彼方にある「月」
  こそが本物の「密教」でなのです・・・残念ながらそれは文字
  では表せず、「心で感応し会得する」より他にありません。
  したがって「参考書」での勉学はもう止めることにしましょう〜


「参考書」は「指差す指先」に過ぎず、その「指差す(彼)方」に
ある「月」こそが、求める「密教本体」?だということでしょう。

この空海さんの提案に対して、最澄さんが「なるほどッ納得!」
と思ったか? それとも「メッチャこしゃくな奴めッ!」と思ったか?
いずれにせよ、このあたりの「超賢人」同士の胸中を、超凡人の
ワタシが推測するのも、まことに僭越なことです。

ですから、もしもその対象が「心で感応するほかない密教」で
なかったとしたら、その後もお二方の仲は続いていたという
ことも考えられるのかもしれません。 う〜ん、密教めッ!

まあそれはそれとして、「大利根月夜」の「あれを御覧と」の
「あれ」とは、空に浮かんだ本物の「月」なの?
それとも、利根の流れに映った「ながれ月」の方なの?
超凡人にとっては、これもまた「密教」並みに難解なところです。





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