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zoom RSS 日本史の「列伝」01 父チャンを超えたい症候群

<<   作成日時 : 2015/01/30 00:01   >>

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親があまりに偉大、言葉を変えればスーパースター的存在で
ある場合、その子供は結構難儀な立場に置かれるものです。
〜周りの連中はいつも親父と俺を「見比べ」ている〜 こうした
雰囲気はなんとなく本人(子)にも伝わってくるから鬱陶しい。

たとえ本人に「親とは器が違う」という自覚、ある種の諦観が
あったにせよ、周りの「視線」はそれなりに気になるもので、
真面目な子ほど、過剰な?意識を募らせます。
〜不肖の子供とは思われたくない、あわよくば父チャンを
  超える大仕事を成し遂げて周りの連中を見返してやりたい〜


こうした心理状況を「父チャンを超えたい症候群」と呼びます。
※もっとも、これは学術用語ではなく、ワタシの造語ですから誤解なく。

実際、武田信玄の息子・勝頼(1546-1582年)も、そんな立場に
ありました。 さりとて戦国武将の中でも別格のスーパースター
である父・信玄(1521-1573年)と「肩を並べる」、ましてや
「超える」などは容易に叶えられることではありません。

結局、どこかで無理を重ねることになるのですが、勝頼は果敢に
それに挑みました。
いや「見比べ視線」を払拭し、それから解放されるためには、
そうせざるを得なかったというのが本当のところでしょう。

戦略的にはさほど重要な城ではなかったようですが、
かつて父・信玄が取り組んで、結局落とすことが出来なかった
遠江国・高天神城攻めに情熱を傾け、数年後、信玄死去の
翌年には、とうとうこれを落城(1574年)させています。

〜父チャンが挫折したことを、今このボクが成し遂げたんだぜ〜
勝頼からすれば、こういうことですから、これで一応は
「父チャンを超えたい症候群」を克服できたはずです。
つまり、父チャンに負けない実績を挙げたからには、もう周囲の
「見比べ視線」を気にする必要もなくなったということになります。

ところがすぐ翌年のこと、「長篠の戦い」(1575年)で、今度はこの
勝頼の武田軍が、織田・徳川連合軍に惨敗を喫しました。
いわゆる戦国最強・武田軍VS信長軍・鉄砲三千丁として、有名な
戦いです。


武田勝頼02 武田信玄52














     子・武田勝頼      父・武田晴信(信玄)/高野山持明院蔵

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この戦さで、父・信玄の遺産である優秀な将兵を数多く失って
しまったからたまりません。
勝頼にしてみれば、おそらくは呆然自失・意気消沈といった
ところで、再び「見比べ視線」が気になりだしたことでしょう。

ところが話は二転三転、そんな勝頼の目の前に、ひょっこり
「汚名返上」の機会が訪れます。 上杉謙信急死(1578年)
直後に勃発した、二人の養子・景虎VS景勝間の上杉家・
後継者争い、いわゆる「御館の乱」(1578年)がそれです。

景虎の義兄の立場にあった勝頼は、普通なら当然この時
景虎に味方すべきでしたが、なんと景勝と組みました。 
なぜ?・・・ 景勝の口から勝頼にとって「嬉しくて堪らん一言」が
飛び出したからにほかなりません。

景勝 〜ご味方頂けた暁には、ワタシはアナタの家臣になり
      ますので、どうぞよろしくネ、ねッ!〜
勝頼 〜むむむ、父チャン、景勝の今の言葉を聞いたかや! 
      長年のライバル・上杉家を家来にするなんてことは
      さすがの父チャンだって出来なかった・・・
      それをこのボクがいま実現させたんだぜ!〜


要するに「見比べ視線」に肩身の狭い思いをしていた勝頼は、
このことで周囲の者に「一発大逆転」を見せつけたつもりだった
のでしょう。 ところが、史実から逆算するなら、これは大きな
判断ミスだったかもしれません。 
なぜなら、上杉景勝を味方にした変わりに織田・徳川・北条など
名だたる実力者をはっきり敵に回す恰好になったからです。

案の定、武田家はジリ貧に陥り、しばらくはあがいたものの、
「天目山の戦い」(1582年)で勝頼自身が自害にまで追い込まれ、
結局のところ滅亡に至りました。

勝頼 〜父チャン見てくれ、父チャンが出来なかった
      “武田家滅亡”をボクは立派にやり遂げたぜ!〜


多分こうは言わなかったと思いますが、時代に関わらず、偉大
過ぎる親を持った子供は、否(いや)でも応でも「見比べ視線」に
晒されることになり、ある意味「不幸」なのかもしれません。

ですからワタシは子供の「不幸予防」?ために、自らが「偉大な
存在」になってしまうことのないよう、ひたすら「凡人」としての
日々に徹しているのです・・・う〜む、いささか徹しすぎたかもダ?






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百花繚乱 http://www13.ocn.ne.jp/~ryouran/
おほもと http://www.oomoto.or.jp/
言霊百神
2015/02/02 14:55
>言霊百神さんへ

ご紹介ありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
住兵衛
URL
2015/02/02 15:56

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