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zoom RSS 日本史の「もしも」04 判決!”改名”に処すッ!

<<   作成日時 : 2015/01/05 00:01   >>

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天皇位を一旦退位された後に、再び即位される「重祚(ちょうそ)
は非常に稀なことで、これを経験された天皇は長い歴史の中
でもお二方しかおられません。
奇しくもお二方ともが女性天皇で、名を挙げれば皇極(斉明)
天皇と孝謙称徳天皇ということになります。
※(最初)35代・皇極天皇/(二度目)37代・斉明天皇(誕生594-崩御661年)
※(最初)46代・孝謙天皇/(二度目)48代・称徳天皇(誕生770-崩御749年)


以降はこの「称徳」の名でお話を進めますが、彼女は父・聖武
天皇が「男子」に恵まれなかったために、娘時代から皇太子を
務め、そのために「生涯独身」の身を余儀なくされました。
こうした立場の女性がいささか「潔癖症」かつ「エキセントリック」
な性格になることは、とりわけ不自然とも言えません。

「称徳」と僧・道鏡との「セックス・スキャンダル」?をご承知の
向きは、この「潔癖症」という評価に首を傾げるかもしれません
が、これは「天武系」の評価を貶めるために、「天智系」側が
仕掛けた悪口の一つだったと考えればいいのでしょう。 

〜「天武系」称徳はあのように淫乱でスカタンの天皇だったが、
  その点、我が「天智系」は清廉で実力派であるぞヨ〜

こう言っているわけで、つまるところは政権奪取に成功した
「天智系」の「自己正当化」作業です。
※天智天皇の血統を「天智系」、天武天皇の血統を「天武系」と呼ぶ。
  「日本書紀」では天智と天武は「兄弟」とされているが疑問視する向きも。


それはともかく、称徳女帝は多少「風変わりな?クセ」をお持ちで
・・・それが、自分の意に逆らった者に対して「珍妙な?改名」を
押し付けるという振舞いです。

現代風に言うなら、こんな感じでしょうか。
〜判決を申し渡します! 朕に逆らったあなたは直ちに改名し、
  以後「○○」と名乗るように命じます! 以上、終わりッ!〜

※女性天皇も「朕(ちん)」?・・・これに不純な違和感を持つのは不敬です!

こうした女帝の行為は、現代人からするとかなり子供じみたて
見えますが、なにせ現在より遥かに色濃く「言霊信仰」が残って
いた時代のことですから、ご本人にしてみれば、結構真剣な
気持ちで取り組んでいたものと思われます。

そうした中で、割合知られた「改名」にはこんなのが・・・
宇佐八幡宮神託事件(769年)では、自分の意に沿う「ご宣託」を
持ち帰らなかった「和気清麻呂/わけのきよまろ(733-799年)
対し、「別部穢麻呂/わけべのきたなまろ」の名を判決?しています。

  「和気」→「別部」で、“まとまりがなくだらしない”感じを出し、
「清麻呂」→「穢麻呂」で、不潔で小汚いイメージを植えつけた
かったのかもしれません。


平清盛21 足利義満51 織田信長52








   平清盛→改名?    足利義満→改名?   織田信長→改名?

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で、「もしも」のお話になりますが、この「懲罰改名」?がその後も
「正式な刑罰」として継承されたとしたなら、どんなものが登場
していたかということです。

もっとも、現代人がこんな「刑罰」を受けたとしても痛くも痒くも
ないわけですから、その時代も「言霊信仰」が生きていることが
前提になりますが、そうした「候補者」を探してみましょう。

さて、基本的に「天皇に逆らった者」ということですから、たとえば
天皇家に嫁がせた自分の娘が生んだ子、つまり自分の孫を
天皇位(81代・安徳天皇)に就けた「平清盛」(1118-1181年)も候補に
挙げられそうです。

また別に、自分の息子(義嗣)を天皇にしようとした「足利義満」
(1358-1408年)なども立派な資格者?かもしれません。
なにせ、真正面から「天皇家乗っ取り」という大事を謀った?の
ですから、これにはさすがの天皇家も不快感?をあらわにした
はずです。

さらには、自分の意のままに動く天皇を据えたいがために、
現役天皇(106代・正親町/おおぎまち)に譲位を迫った?「織田信長」
(1534-1582年)も、そうした一人に挙げてもいいでしょう。
正親町天皇も信長の要求をのらりくらりとかわしていたようです
が、そりゃあもう内心は「ムッセムセ」だったと推察されます。

では、これらの皆さんはどんな名前に変えられたものか?
称徳女帝の「懲罰改名」?のパターンからすれば、多分こんな
感じになったのでしょうか?

「平清盛」→「盥濁盛」(たらい・の・だくもり)
※「平」の字のスマート感を打ち消し、かつ「清」を「濁」に改め、
  垢抜けない田舎者でダーティなイメージをばっちり演出!

「足利義満」→「悪利義欠」(あしかが・よしかけ)
※佳字を改め、「義に欠けた悪人」ぶりを強調したものでしょう。

「織田信長」→「汚田呑兵衛長」(おだ・のんべいなが)
※思い切り悪い名にしたかったものの、憤りが先行した正親町
  天皇にはこの程度しか浮かばなかったとも考えられます。

蛇足ですが、この平成の世が「改名マニア」”称徳天皇”の代だと
したら、本稿もおそらくは不興を買って、「ヤジ馬の日本史」 →
「邪痔馬の二本歯」
?ほどの「改名判決」?を喰らっていたかも
しれません・・・世が世でなくて、ああ良かった!





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