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zoom RSS 日本史の「発明発見」08 人類初?のカラー印刷文化

<<   作成日時 : 2014/12/25 00:01   >>

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1765年頃のこと、絵師・鈴木春信(1725?-1770年)の創案によって
「錦絵(浮世絵)」が誕生しました。
いわば「多彩色の木版画」といったところですが、元になる絵を
描く「下絵師」、それを版木に彫る「彫師」、さらには絵師の指示
に従った色彩を用いて紙に摺る「摺師」が、それぞれのパートを
担当して一枚の「色彩画」を完成させるという「分業システム」
でした。

「版画」は元になる「版木」が劣化しなければ、同じものを大量に
作れるのが利点ですから、実際この「浮世絵」も遥かヨーロッパ
にまで伝わるほど大量に製作されました。

そして、その芸術性は当地の画家たちに驚愕を持って受け止め
られ、その中でもオランダ出身のフィンセント・ヴァン・ゴッホ
(1853-1890年)はその「模写」に熱心に取り組んだとされています。

もっとも、多少トホホなのは本来の「浮世絵」として当地に届いた
わけではなく、輸出品の包み紙、今でいう「プチプチ?(緩衝材)」
として海を渡ったという点ですが・・・

ともあれ、身びいきの評価になることを承知で言えば、こうした
「浮世絵/多彩色の版画絵」は、「世界初」?の・・・もう少し
威張った表現なら、「人類初」?の「カラー印刷」技術ではないか
と思われます。

そしてこの技術開発・発明?は「人類初のカラー印刷文化」?を
生み出しました。
江戸を中心とした、いわゆる「化政文化」がそれです。
※文化・文政期(1804-1829)を中心に発展した町人文化で、正式?には
  「文化文政文化」と呼ぶべきところ、舌を噛むといけないので略したか?


しかし、「カラー印刷」技術が完成に至るには、少しばかり難儀な
ハードルも抱えていました。 色ごとに分けた異なった版木に、
何回も色を重ねていく方法ですから、ともすれば各色の位置が
ピッタリ合わず、いわゆる「色ズレ」を起こしてしまうことです。

※一枚の絵につき、概ね5枚程度の版木の裏表を彫っていたとのこと。

浮世絵模写51














   ゴッホの模写↑   歌川広重/大川橋・あたけの夕立↑

画像














   ゴッホの模写↑   歌川広重/名所江戸百景・亀戸梅屋舗↑

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これを、一種の目印?基準点?を設ける「見当を付ける」という
方法で見事に解決した上に、グラデーション(色彩の連続的変化)
までこなすようになったのですから、このへんのキメ細やかな
工夫・改良や職人技は、まさに器用・実直な日本人ならではの
領域だったかもしれません。

この「浮世絵」、つまりこうして作られた「フルカラー画像」?が
持つ迫力は従来のものと比べ物にならなかったのか、役者絵/
美人画/名所絵をはじめとして、あなたのお好きな「春画」
含め、その広がりは留まるところを知りませんでした。

つまり「カラー印刷」の発明に端を発した「化政文化」は、昭和の
岡本太郎画伯の言葉「芸術は爆発だァ!」の真髄を見せつけた
わけです。

では振り返って、現代に昭和・平成の文化、つまり「和成文化」
呼べるものがあったのかといえば、この辺は実に心もとない
印象です。 確かに洋食・洋装の普及、テレビ・電話の発達、
またあなたのお好きな「メイド喫茶」の登場などはありました。

かといって、これらを「和成文化」と呼ぶべきかどうかは微妙な
ところで、少なくとも先人達が花咲かせた「化政文化」までには
届いていないというのが公平な見方なのかもしれません。

さて折角ですから、最後に東洲斎写楽を始めとする、こうした
「化政文化」を担った豪華メンバーが一同に介した映画
作られたことも併せてご紹介しておきます。

※「写楽」 監督:篠田正浩(1995年) 真田広之・フランキー堺・岩下志麻 

  喜多川歌麿(1753?-1806年) → 浮世絵師「美人画」が有名
   葛飾北斎(1760?−1849年) → 浮世絵師「富嶽三十六景」
     山東京伝(1761-1816年) → 浮世絵師・戯作者
   十返舎一九(1763-1831年) → 日本初のプロ作家

斉藤十郎兵衛(1763?-1820年) → 写楽本人との説もある
曲亭(滝沢)馬琴(1767-1848年) → 小説「南総里見八犬伝」
     大田南畝(1749-1823年) → 幕府官僚・狂歌師/別号「蜀山人」
     鶴屋南北(1755-1829年) → 四代目/歌舞伎狂言作者

   蔦屋重三郎(1750-1797年) → 謎の絵師「写楽」を仕掛けた版元
  鶴屋喜右衛門(生没年不詳) → 蔦屋のライバルの版元
     松平定信(1759-1829年) → 「寛政の改革」推進者

但し念のために申し添えますが、これは「化政文化」の担い手が
多数登場している旨のご案内であって、「面白い映画」としての
ご紹介ではありませんので、その点暮々もご留意くださいね。




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