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zoom RSS 日本史の「油断」01 信玄公の”完勝”否定論

<<   作成日時 : 2014/10/25 00:01   >>

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「腹八分目に医者いらず」という言葉がある通り、健康面を
考えるなら満腹を避け八分目くらいで留めておく方が良いのは
確かでしょう。
つまり「一時の食欲」を”完璧”に満たしてしまうことは、長期的
な目で見れば、なにかとマイナスになると言っているわけです。

実は「食欲」に限らず、分野の違う「戦さ」にも同様な言葉は
あります。 〜戦に勝つということは、五分を上とし、七分を
中とし、十分を下とする〜
 武田信玄(1521-1573年)の言葉だ
そうですが、これを食欲に置き換えるなら〜腹五分目が上、
七分目が中、満腹は下〜
ということになるのでしょう。

では、万々歳に見える「完璧勝利(十分の勝利)」が、なぜ「下」の
評価なのか? この点を疑問に思う人は、やはり当時もいた
ようで、信玄公からこんな説明?を貰ったとされています。

〜五分の勝ちであれば今後に対して励みの気持ちが生じ、
  七分の勝ちなら怠り心が生じ、十分つまり完璧勝利は、
  敵を侮り驕(おご)りの気持ちが生まれるからだ〜
 なるほど、
確かに後世の歴史はこの言葉通りの局面を披露しました。

幕末の「四境戦争」(第二次長州征伐/1865-1867年)において、
圧倒的に優勢だった幕府軍を相手に、これをボコボコにやっつけ
たのが長州藩です。 つまり長州藩「奇跡の完璧勝利」でした。
そして、こうした神がかり的?勝利を見せつけたことによって
明治以降の「帝国陸軍」を、この長州閥(山形有朋など)がリード
していくことになります。

また別に「日露戦争」(1904-1905年)での「日本海海戦」(1905年)
では、(東郷平八郎率いる)連合艦隊がロシア・バルチック艦隊を、
これもまたボコボコにやっつけ「完璧勝利」を収めました。

ということは、この時点の日本は陸戦(四境戦争)でも、海戦
(日露戦争)でも、つまり陸軍も海軍も、「完璧勝利」というものを
しっかり経験していたことになります。
しかし、「完璧勝利は下」とした信玄理論?の正しさはこの後に
おいて、実にはっきりとした形で証明されるのです。


日本海海戦51 武田晴信51












    東郷平八郎大将/旗艦三笠         武田信玄(晴信)像

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この「完璧勝利」の余韻は、昭和の太平洋戦争(1941〜1945年)
折にもまだ残っていました。 そりゃあそうでしょう。
個人にせよ組織にせよ「大成功」を収めた経験はそうそう簡単に
忘れられるものではありませんからね。
ところが、やっぱりここで「信玄理論」が姿を現しました。

まず海戦では、華々しい成果を収めたとされる「真珠湾攻撃」
(1941年)ですが、実はそのチャンスがありながら、かなり不徹底な
攻撃に留まり、当初の主目標・敵空母に打撃を与えることが
できていません。 そればかりか、半年後の「ミッドウェー海戦」
(1942年)においては命令の混乱もあって、逆にボロ負けして、
「壊滅的損害」を蒙る有様でした。

では、陸戦の方は?
ミッドウェー海戦以後、制海権・制空権を失ってジリ貧に陥った
軍部は陸軍を中心として起死回生の作戦を捻り出します。
それが「本土決戦」・・・これならいける、と踏んだのは、その昔の
四境戦争の陸戦で「奇跡の勝利」を体験していたからでしょう。

ここに至っても「本土決戦」を叫び、「奇跡の勝利」「一発逆転」を
夢想していた日本陸軍こそは、「四境戦争・神がかり勝利」の
「長州閥のDNA」をモロに受け継いだ組織なのです。
もっともそれが実行される前に「ポツダム宣言」(1945年)を受諾し、
降伏に踏み切ったために、幸いなことに、この「本土決戦」は
幻に終わりました。

「完璧勝利は下」とした信玄公の名言?は、組織だけでなく個人
にも当てはまりそうです。 というのは、先の「真珠湾攻撃」と
「ミッドウェー海戦」で現場指揮を執ったのがいずれも海軍中将・
南雲忠一(1887-1944年)だったからです。(戦死後 大将に昇進)

南雲中将はとんでもない秀才でした。 海軍大学甲種を次席で
卒業したほどですから、ちょっと意地悪く言うなら抜群の
「試験秀才」だったと言えるでしょう。
信玄公の言葉を借りれば、試験場では常に「完璧勝利」を収め
続けてきた人物ということができます。

ところが、活動の場を 「海戦の最前線」に移してからは、その
「完璧勝利」を得ることができませんでした。 ひょっとしたら、
「試験常勝」のせいで、瞬時の判断・決断力という感性に磨きを
かけられなかったのかもしれません。
〜五分の勝ちであれば今後に対して励みの気持ちが生じ・・・〜
信玄公の言葉は、こういった点も含意していたのかもしれません。

ですから、ワタシ自身は信玄公よりもう少し謙虚な姿勢で、常に
「三分の勝利」を目標にしています。
もっとも、心掛けとは違って成果は常に「一分の勝利」程度・・・
というより、実はぶっちゃけ「九分の敗北」の連続なのですが。




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