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zoom RSS 日本史の「逆転」12 またか!殿中刃傷事件

<<   作成日時 : 2014/09/20 00:02   >>

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「殿中“刃傷”事件」と聞けば、真っ先にイメージするのが
芝居・ドラマ「忠臣蔵」のモデルにもなったことで有名な、
あの「元禄赤穂事件」でしょう。 ところが、実は同じような
事件はそれより以前にも起こっているのです。

この「赤穂事件」より十数年前も前のこと、若年寄・稲葉正休
(1640-1684年)が、大老・堀田正俊(1634-1684年)を斬殺した
事件がそれで、こちらは“刃傷“どころかれっきとした”殿中
殺人事件”
でした。 ※なんと「特注刀」で一突き!

被害者の大老・堀田は即死ではなかったものの同日中に死亡、
一方、加害者の若年寄・稲葉も、その場にいた者たちに
メッタ斬りにされ死亡するという凄まじさで、もちろん犯人の
稲葉家はその後に改易、つまり“取り潰し”の処分を受けました。

で、この“殺人事件”に肝を冷やしたのが幕府総務課?で、
将軍のお住まいである江戸城内で、二度と再びこんな事が
あってはならじと、それまであまり意識されていなかったと将軍と
老中の往来まで見直すことにしました。

つまり、将軍の身の危険を避けるために、以後は重臣たりとも
そう簡単には直接のお目見えができないようにしたわけです。
業務連絡は「秘書」?を通じて行うこととし、この「取次秘書」が
後に「側用人」という名称で呼ばれることになります。

こうなると、将軍と重臣たちとの唯一のパイプ役となる「側用人」
の意味・地位は、単に危機管理の面だけではなく、当然政治の
実務・運営面でも高まっていくことになるわけです。

それはともかく、この“殺人事件”では実際に犯人・稲葉正休が
その場で“惨殺”され、しかも“お家取り潰し”という厳罰も食らった
のですから、普通の人間なら誰しも肝に銘ずるところです。
処分を下した側の幕府もおそらくはそう考えたことでしょう。

ところが中には懲りない者もいて、殿中“刃傷”事件は再発しま
した。 それが先の「元禄赤穂事件」(1701年)です。
では、犯人?浅野内匠頭(1667-1701年)は十数年前の“稲葉事件”
を知らなかったのか? いいえ、決してそんなはずはありません。


画像












              刃傷 松の廊下

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“稲葉事件”の当時、浅野内匠頭は18歳ですから犯人惨殺の
経緯も耳にしていたことでしょうし、お家取り潰しという結果も
十分に理解できていたはずです。

なのに、35歳にもなって浅野内匠頭はやっちゃった!
幕府が見せた“一罰百戒“のメッセージも浅野内匠頭には
伝わらなかったということです。

実は面白いことに(奇しくも、というべきか)、前回の“稲葉事件”
今回の「元禄赤穂事件」も、なんと、五代将軍・綱吉(在任:1680-
1709年)
の時代に発生しています。

なにしろ、メッセージ発信後の「再発」ですから、「赤穂事件」の折に
見せた綱吉の「激しい怒り」にもそれなりの納得がいこうというもの
です。
自宅?である殿中でこうした事件が繰り返されたことに対する
憤懣・苛立ちも確かにあったのでしょうが、それ以上に学習能力
のない“バカ人間“に対する嫌悪感があったと思われます。

〜バカか!お前は・・・殿中で刀を抜けば、どういう結果を招く
  ものか、それを耳にしたことがないとは言わせないゾ〜

なにせ、たかだか十数年前に衝撃的な前例があるのですから、
綱吉の言い分は筋が通っています。

こうした声は、実は綱吉以外からも寄せられました。
〜浅野ォ、バカか!お前は・・・標的?を「一突き」にして仕留めた
  稲葉正休という立派な?お手本があるのにヨゥ、それを
  わざわざ烏帽子(兜?)※の上から斬りつけるなんざ、まったく
  もって武士の恥さらしだぜ〜
 ※「縁」の仕様は薄鉄板入りだったとか。

ですから、当時の見方からすれば、綱吉は“常識”派の人間、
一方の浅野内匠頭は“バカか!お前は”派の人間だったことに
なります。

ところがどっこい、現在ではそれがスッカリ逆転しちゃって、
綱吉が悪法「生類哀れみの令」を推進した稀代の“バカ将軍”
それに対して浅野内匠頭は芝居「忠臣蔵」でちゃっかり
“悲劇の主君”の座に納まっているのですから、歴史の評価って
メッチャ怖いものですね。

その点、ワタシなどは歴史の流れなんぞに左右されることもなく、
ずぅ〜っと長い間安定した人物評価を頂いています。
「とことん人畜無害」・・・正直なところ喜びも今一歩ですッ!




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