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zoom RSS 日本史の「トホホ」12 不慣れな御政道と美少女

<<   作成日時 : 2014/08/30 00:01   >>

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個人にせよ組織にせよ「慣れないこと」に手を出すと、思いの
ほかその影響を広げてしまうものです。
〜下々の者が御政道に口を挟むなどまかりならん!〜
長い間この姿勢を基本理念?としてきた江戸幕府にとって、
国民の意思を斟酌するなんぞは、まさにその「慣れないこと」
そのものでした。

その動機は、何と言っても「黒船来航」(1853年)のショックに
あったのでしょう。
もっともこの「黒船」情報は、幕府とて事前把握はしていたものの
肝心の「準備」の方は徹底的にサボっていたこともあって、いざ
その場面に直面すると、まさに”青天の霹靂“の思いで呆然!

平たく言うなら、「頭が真ッ白!なにをどうすりゃいいのか、
さっぱりわからん」状態です。
で、行き詰った幕府は長年の基本理念?を引っ込め一転、
大英断?をもって「幕府まで広く御意見をお寄せください!」
姿勢に切り替えました。
つまり、「慣れないこと」に手を染めたわけです。

この「御意見募集」政策は、時の老中首座(総理大臣?)阿部正弘
(1819-1857年)のリードで進められましたが、その対象を大名
諸藩のみならず、これまで参加を許さなかった一般市民にまで
広げたのですから、この時の幕府の狼狽ぶりも想像できようと
いうものです。

〜民意を汲む〜 現代ではごくごく当然なことですが、
とにもかくにも当時の社会にとっては、こうした概念自体が
「慣れないこと」でしたから、当然その受け止め方も現代人とは
異なったものになります。

冷や飯を食わされていた外様大名・諸藩(野党?)には、
〜理念?も伝統?もかなぐり捨てるような幕府(与党?)に明るい
  未来はない!・・・ひょっとしたら政権交代もアリかもダ〜

と淡い期待を抱かせ、また一般市民にはこんな印象を。
〜なんでぇ、オレたちの知恵まで借りてぇって? やっぱし
  「家老の子は家老」の世襲システムではダメってことかよッ!〜


画像 画像









   ペリーの神奈川上陸 (「中学社会」大阪書籍より) / 老中・阿部正弘

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つまり、この「ご意見募集」は「幕府の威信」を傷つけただけで
なく、長らく馴染んできた「身分制度」そのものにも疑いを
持たせ、結果として「四民平等」理念の土壌づくりに大きく貢献?
したのかもしれません。

実際、この後の時代を引っ張っていくことになる、勝海舟※(1823-
1899年)
や中島三郎助※(1821-1869年)のような「家老の子ではない
優秀な人材」
は、この「御意見募集」によって見出されています。
※勝海舟 幕末軍艦奉行/江戸城無血開城/枢密顧問官
※中島三郎助 軍艦建造/艦隊設置を提言/蝦夷共和国幹部


ところが、この「未曾有」?の政策の渦中にあった阿部本人が
黒船来航(この時35歳)のわずか四年後に亡くなったものですから
その死因については現在も様々な憶測が飛び交うところです。

「慣れないこと」に取り組んだ心労(ストレス)、あるいはそこから
  きた”胃ガン”だったのではないか?〜

現代ではこんな推測が一般的のようですが、ところが当時の
人達の中には少々違った印象を持っていた人もいました。

たとえば徳川斉昭(水戸烈公/1800-1860年)のこんな感想。
〜阿部の激ヤセを耳にしたが、それは齢十五の小娘を相手に
  アラフォー男が頑張り過ぎたせいではないのかえ?
  妾を何人持つもそれは御自由だが、ナニの回数をきちんと
  セーブしなくてはやっぱり体に障るんじゃないのかえ?〜

※新たに妾に迎えた水茶屋の看板娘で、当時評判の「器量よし」だったとか。

ちなみに、こんな感想を漏らした斉昭(15代将軍・慶喜の実父)自身も
女好き?スケベ?の面では噂高き男でしたから、この手のこと
には並々ならぬ鋭い観察眼を備えていたのかもしれません。

要するに、阿部正弘の若死は「ご意見募集」の実施か、はたまた
「美少女のお相手」か、いずれにせよ「慣れないこと」
手を染めたことが命取りになったと考えられるわけです。




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