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zoom RSS 日本史の「言葉」15 根も葉もある嘘八百

<<   作成日時 : 2014/08/20 00:01   >>

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〜小説とは根も葉もある嘘八百〜
これって昭和の文豪・佐藤春夫の言葉だそうです。
なるほどさすがにうまいこと言うものですが、「小説」ですら
そのセンにあるとするなら、「神話」なぞはもうヒト桁上を行く
〜根も葉もある嘘八千?〜くらいの世界なのかもしれません。

日本神話のひとつに「初代天皇」を題材にしたお話があります。
これは後に神武と呼ばれることになる?人物が、日向を発って
(前667年?)、橿原宮で「初代の天皇」として即位するまでの物語で
いわゆる「神武東征」の名で知られているお話です。

なるほど確かに威勢のいいタイトル?にはなっています。
しかし、たとえば「日向 → 橿原宮」の道中に(単純計算でも)
16年以上の歳月を費やすなど、話の展開にはイマイチ奇ッ怪に
感じられるところもあります。

さらには、こんなところもいささか疑問。
(1) そもそも神武(前711?-前574年?)サンは、拠点(故郷?)である
   日向をなぜ発とう(棄てよう?)と思い立ったのか? 
→ 誰にとっても故郷は心地のいい居場所のはずですが?

(2) また、その決心が「45歳」という、当時としてはかなり高齢?
   になってからだったのはなぜか?
→ どんな事情があって、いまさら老骨にムチ打つマネを?

(3) こうした神武サンの行動に対して、なぜ周りの者は理解を
   示すのではなく、逆に「激しい抵抗」をもって挑んだのか? 
→ たかが老人の旅立ちくらい見逃してやればいいじゃないの?

これらの点を矛盾なく理解しようとするなら、その手始めとして、
「神武=初代天皇=英雄」という公式?から一歩離れる必要が
ありそうです。

なぜなら、これこそ〜根も葉もある嘘八百〜つまり「神武東征」
が主張する虚像(イメージ)?に他ならないからです。
では「英雄・神武」でなければ、彼は一体何者なのか?


画像














         神武東征/九州・日向〜〜大和・橿原宮

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「ナニ者」ってか? そんなもん「お尋ね者」に決まっています。
○自ら故郷を棄てる ○「老骨にムチ打つ」を強行する
○周囲に追っ手がウジャウジャいる・・・など、ご本人の言動や
周囲の反応を重ね合わせれば、これは一目瞭然です。
つまりは、治安を乱す「過激派人物」として「指名手配」されていた
というのが真相でしょう。

ですから、かっこいい「神武東征」というタイトル自体もそれこそ
〜根も葉もある嘘八百〜で、実際にはむしろ「神武脱出作戦」とか
「神武逃避行」などの方が相応しいものだったに違いありません。
しかしこんな言葉を「先人に対する不敬」と受け取る方もあるかも
しれませんが、決してそうではありません。

「お尋ね者/過激派/指名手配」という表現は、もちろん
〜相手側から見れば〜ということであり、まあ幕末期の
「幕府側」から見た坂本龍馬(1836-1867年)のような立場だったと
解釈すれば話が早い。

「脱出劇」の方も、「関が原の戦い」(1600年)において島津義弘
(1535-1619年)が決行した壮絶な「島津の退き口」のイメージ。
「逃避行」ってか?
これも「本能寺の変」(1582年)の折に徳川家康(1543-1616年)
演じた「神君伊賀越え」に似た話だと思えば合点がいきます。

この説明なら〜後の坂本龍馬・島津義弘・徳川家康などと
同様な過酷な体験を神武サンも味わった〜
ということですから、
それほど不敬でもなく、また突飛なお話でもありません。

要するに、「指名手配」されていたために、(1)故郷に安住する
ことも叶わず、(2)年齢に関係なく逃げ出す?必要があり、
(3)周囲は捕り手ばかり、だったということになります。

ですから、このご老体は自分の身に降りかかった”絶体絶命の
ピンチ”を乗り切るだけの体力・精神力を備えていたということに
なり、だからこそ「60歳を超えて?の即位」や「127歳?の長寿」が
可能だったのでしょう。

しかし、バッチリと辻褄が合うからといってこのお話を「歴史の
真相」
と受け止めることは、間違いなく間違いです。
なぜならナニを隠そう、このお話自体が実はハナから
〜根も葉もない嘘八百〜なんですからネ。




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日本史の「言葉」18 ”不徳の致すところ”物語
孔子さんの「儒教」には、徳治主義ともいうべき独特の政治理念・ 思想が持ち込まれています。 簡単に言うなら、統治者が「有徳者」である世の中は上手く運ぶ けれど「不徳」の統治者の場合はそうはならないという考え方で、 この理念?の迫力は施策の可否だけでなく、疫病・飢饉・天変 地異などの自然現象までをも施政者の「徳の有無」に求めた ことです。  つまり、〜上に立つアイツが不徳だから、こんな災いを招いて しまったのだ〜という因果で語られるわけです。 ...続きを見る
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2015/06/25 00:02

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