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zoom RSS 日本史の「忘れ物」18 泣きをみた?五人の天皇

<<   作成日時 : 2014/07/25 00:02   >>

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「歴代天皇」の数え方は、現在(2014年)時点で、「125代・123人」
するのが正式とされています。
代数と人数が一致しないのは、その内のお二人が重祚(ちょうそ)※
されているからです。 ※退位後に再び即位すること。
第35代・皇極=第37代・斉明/第46代・孝謙=第48代・称徳は同一人物


ですから、この123人以外に「天皇」は存在しなかったと理解する
のがもっとも素直なはずですが、ところが実は他にも天皇は
おられるのです。・・・しかも五人も。

つまり、この五人の天皇は〜正式ではない「天皇」〜という
なんとも摩訶不思議な存在になっているわけですが、しかし、
なんでまたこんなことに?

そこはそれ、「南北朝時代」つまり「南朝/北朝」の二系統が
各々皇位に就いていたという事情、そこに原因があろうことは
割合容易に見当がつくところです。

そこで、歴代の数え方に注目してみると、
 第99代・後亀山天皇(南朝第4代/在位:1383-1392年)から
第100代・後小松天皇(北朝第6代/在位:1392-1412年)へと
皇位は「空位期間」を作ることなく継承されているのですが、
カッコ書き部分の「代数」がその「微妙な立場」を示しています。

第99代・後亀山天皇はすなわち「南朝第4代」でもあるという意味
ですから、当然それ以前の「南朝第1代〜3代」の天皇も存在して
ことになるわけです。

第96代・後醍醐天皇(南朝第1代/在位:1318-1339年)
第97代・後村上天皇(南朝第2代/在位:1339-1368年)
第98代・  長慶天皇(南朝第3代/在位:1368-1383年)
それがこの方々ですが、幸いなことに「歴代代数」にもきちんと
カウントされています。


画像








    『太平記絵巻』7巻  南北朝時代の合戦の場面
        (埼玉県立歴史と民俗の博物館所蔵)

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ところが、「北朝第1代〜5代」の天皇には、そうした待遇?がなく、
「歴代代数」はハナからノーカウント(空欄?)の扱いです。

第××代・ 光厳天皇(北朝第1代/在位:1331-1333年)
第××代・ 光明天皇(北朝第2代/在位:1336-1348年)
第××代・ 崇光天皇(北朝第3代/在位:1348-1351年)
第××代・後光厳天皇(北朝第4代/在位:1352-1371年)
第××代・後円融天皇(北朝第5代/在位:1371-1382年)

もしこの五人も「正式な天皇」として認めれば、長年の売り?として
きた「万世一系」の基本理念が崩れてしまい、光厳天皇から
後円融天皇に至る半世紀余(1331〜1382年)「万世二系」?
採用していたことになってしまうからです。

う〜ん、困った!
「万世一系」の看板を降ろすか、それとも、五人の天皇に「泣いて」
もらうか・・・あちらを立てればこちらが立たずの状況に陥って、
大きな決断を迫られました。

で、結局のところ、愛着のある「看板」はやはり降ろせないゾ。
申し訳ないが、五人の天皇の方々には「泣いて」もらうことに
したわけです。 いやあ、「老舗の暖簾」を守り通すってことも、
なにかと苦労が多いものですね。

しかし、この「老舗暖簾の一大危機」も、元を辿れば第96代
(同時に南朝の初代)の後醍醐天皇その人のワガママ〜皇位は
自分の血筋で独占したい〜
に端を発していることは間違い
ありません。

その意味では、誰ぞ一人が「ワガママ」を通せば、その周りでは
五人くらいの人間が「泣き」を見る・・・という世間の原理?が
存在することを後醍醐天皇自らがキチンと証明くれたわけです。

ところが二転三転・・・現在の天皇家はその「泣き」を見たはずの
「北朝」のご子孫ということですから、話はとってもややこしい。
なにッ、なんでそうなるの?って訊きたいか。

しかし、それこそは愚問の極みで、それにお答えできるほどの
ワタシなら、ハナから「話はややこしい」なんて前置きをするはず
がないのです・・・珍しく理屈に合った言い分でしょッ?




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