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zoom RSS 日本史の「お国自慢」 09 五十三次の目抜き通り

<<   作成日時 : 2014/06/20 00:20   >>

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ある日のこと、「天下で唯一」なんて仰々しいものが、なんとすぐ
身近にも転がっていたことに気がつきました。 
随分ウッカリな話ですが、せかせかお散歩ほどの距離にある
「宮の渡し」(七里の渡し)がそれです。

さて、起点「江戸・日本橋」と、終点「京・三条大橋」を結ぶ
幹線街道?東海道は、そのコースになんと“53“もの宿場町が
整備されて、「東海道五十三次」と呼ばれるようになりました。
この名は絵師・広重の風景画材としても有名です。
※終点を「大阪・高麗橋」とした「東海道五十七次」とする見方もあるそうな。

その41番宿場・“宮”※(現:名古屋市熱田区)から、42番宿場・
“桑名”(現:三重県桑名市)に至る「七里の渡し」が東海道「唯一」
“海路”ということになっています。
※宮宿のことを公文書では「熱田宿」と書いていたそうな。
※宮〜桑名間の航行距離が七里(約28km)あったからこう呼ばれたそうな。


とは言うものの、実はこの二つの宿場を結ぶ”陸路”がなかった
わけではありません。 
たとえば船に弱い人、天候次第の欠航・海難事故を心配する人、
あるいは犯罪遭遇を避けたい女性、さらには途中の津島神社に
参詣する人など、この”陸路”にもそこそこの需要?はあったと
されています。

それなら、この”陸路”の存在を無視?して、”唯一の海路”とは、
なんとも無礼千万な言い草ではありませんか。
しかしやっぱり”海路”の方に人気が集まる理由はありました。

「所要時間」がまるで違うのです。
仮に、陸路(佐屋まで六里)をテクテク歩けば丸一日掛かるのに
対し、船なら三時間ほどで桑名に到着できたそうですから、
その差は歴然。
・・・忙しいビジネスマンなら迷わずこちらを選ぶでしょうネ。

※ただ、この「所要時間」もあくまでも天候まかせだったそうな。

画像
   












  歌川広重 『隷書東海道五十三次・桑名 七里の渡舟』

画像













  宮〜桑名 「七里の渡し」 通常コース&沖まわりコース

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それにもうひとつ、この”陸路”(佐屋街道)の方はチョイトばかり
煩わしい問題を抱えていました。
陸路とはいうものの、それは佐屋まで(六里)に限ったことで、
この佐屋宿から桑名宿までは「川路」?で、やはり”船”を利用
する必要があったのです。

地図を見ると、佐屋から揖斐川・木曽川・長良川のいわゆる
「木曽三川」を経由して、そして桑名に到着するという按配です
から、これでは「乗船を避けた」ことにはなりません。

そこで、どのみち「乗船」が必要なら、〜ええい、いっそのこと
「宮」から乗っちまえ!〜
ってな具合になったのかもしれません。

しかし、エンジンなし船舶の発着はどうしても天候まかせに
なり勝ちです。 運悪く悪天候が続こうものなら、当然旅人の方も
渋滞?現象を引き起こします。

それを解決するためには大規模な宿泊施設が必要ということで、
この東海道・「唯一の海路」は同時に東海道・「屈指の「繁華街」と
いうことにもなったわけです。
その証拠が旅籠(ホテル)の数で、宮宿(250軒ほど)が堂々の第1位、
次いで桑名宿(120軒ほど)が第2位にランクインしています。

また、上の「広重」の絵を見る限り、”乗船定員”の方も案外と
少なかったようですし、第一こんな華奢な船体では、さすがに
天候不順の中の航行は無理な感じがします。

ですから、”宮宿”「街道一の目抜き通り」に発展できたのも、
元をただせば、”旅人渋滞”?という”海路”ならではの現象の
お蔭ということになるのかもしれません。

それにしてもダ、この船で波の上を約三時間・・・だって?
いい加減にしてくれッ!想像しただけで「船酔い」がしてきたゾ。




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