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zoom RSS 日本史の「トホホ」10 骨が折れた謀略指南

<<   作成日時 : 2014/04/15 00:01   >>

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「謀略」を最大の武器として、一代で小規模な国人から中国地方
ほぼ全域を掌握するに至った人物こそ、戦国武将・毛利元就
(1497-1571年)でした。

その「謀略ぶり」はハンパでなく、自らが他国に”騒動”のタネを
蒔き、その混乱が拡大したところで、次には親切顔してズカズカと
乗り込んでいくのですから、かなり「あこぎな毎日」を送っていたと
言えるでしょう。

チャンスとみれば「乗っ取り」にも積極的な姿勢をみせています。
後に「毛利の両川」と呼ばれるようになる「吉川(きっかわ)家」も
「小早川(こばやかわ)家」もこうして手に入れたもので、
元就次男・元春(1530-1586年)「吉川元春」として、また三男・
隆景(1533-1597年)「小早川隆景」の名で知られているのも、
そうした事情によるものです。

長男・隆元(1523-1567年)が割合に短命だったことから、
「毛利本家」はその隆元の子であり、元就の孫である輝元(1553-
1625年)
が継ぎましたが、この名はむしろ「関ヶ原の戦い」(1600年)
における豊臣方(西軍)大将としてよく知られています。

実はこの輝元、このことによって敵・徳川家康の怒りを買い、
一度は「御家滅亡」の瀬戸際まで追い詰められました。

この時は叔父・吉川元春の奔走もあって最悪の事態だけは
免れましたが、一方で転封(広島→山口)と減封(120万石→37万石)
という強烈なダブルパンチをまともに喰らったわけですから、
その点からすれば、孫・輝元は「謀略の人」祖父・元就に比べ、
割合と実直?な常識人だったのかもしれません。


  画像



















 父:毛利元就 長男:隆元 次男:元春 三男:隆景

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さて、このような経歴?を持つ毛利家にはよく知られた
「三本の矢」というエピソードが残されています。
ただ、そのまま史実と受け止めるには怪しい点もあるようですが
それはそれとして、まあこんなお話になっています。

〜ある日、父親(元就)は三人の息子(長男・隆元/次男・元春/三男・
  隆景)
を呼び寄せ、一本の矢を折るよう命じました。
  息子たちが難なくこれを折ってみせると、次には三本の矢束を
  折るよう命じました・・・
  ところが、今度は誰もそれを折ることができませんでした〜

つまり、父・元就は息子たちにこう諭したわけです。
〜ええか、一本では弱い矢も束になれば頑丈になる・・・だから
  君たちも兄弟間の結束をトコトン大切にするのだゾ。
  そうでないと、この父のような「謀略大好き人間」によって
  いい加減グチャグチャにされてしまう心配もあるからナ〜


しかし、これではありきたりの教訓話に過ぎず、「謀略王」の名に
ふさわしい?「ケレン味」溢れるお話にはなっていません。
ですからワタシ自身は、真相はこんな展開だったのではないかと
疑っているわけです。

父)元就 「ええか、今度は三本を束ねて折ってみよ」
       親の突飛な言いつけに驚きながらも、そこはさすがに
       昔のことですから、子供たちもシブシブ従います。

長)隆元 「うっ!・・・折れませぬっ!」
次)元春 「ううっ!・・・や、やはり、折れませぬっ!」
三)隆景 「うううっ!・・・(ペシッ!) やっ、折れましたっ!」

       エッとばかり驚く一同、とっさに隆景を見やって・・・
父)元就 「なにっ!折れたと申すか?」
三)隆景 「はいっ!いかにも!・・・指の骨が折れました!」
       そこで出番の父・元就、口調も重々しく・・・

父)元就 「ええか息子達よ、何事につけ真正直にやっておっては
       このように骨が折れるばかりなのだッ・・・
       この指南を得て君たちも今しみじみ”謀略”の大切さが
       分かったであろう、ええか心に刻んでおくのだゾ!」




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