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zoom RSS 日本史の「冗談?」08 上様ッ”頭上注意”ですッ!

<<   作成日時 : 2013/09/20 00:30   >>

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どんな組織であれ、スムーズな「世代交代」は案外難しいこと
なのかもしれません。
徳川幕府とてその通りで、二代目社長?秀忠が誕生する際には、
やはり周囲の人と多少のギクシャク感を生んでいます。

その時幕閣にあった本多正信・正純親子が揃って、家康の
後継者に秀忠の兄である家康次男・結城秀康を推したことが
原因で、これは秀忠にとってはあまり愉快なことではなかった
ようです。

この本多親子のうち父・正信(1538-1616年)の方は、創業者・
家康(1543-1616年)の片腕として会社?を育て上げてきた実績
もあって、家康が今なの絶大な信頼をおいている人物でした。

また、その正信の嫡男・正純(1566-1637年)は、当の秀忠の
補佐役を務めており、身近なこの二人から「秀忠推薦」を得られ
なかったのですから、秀忠の人物的評価もそれほどは高く
なかったのかもしれません。

しかし、結果として初代・家康の強い意志をもって、秀忠が
二代目社長?(1605-1623年)に就くことになります。
これでメデタシメデタシということであれば、後にこの正純による
「秀忠暗殺未遂事件」?が語られることもなかったはずです。

さて、巷間伝えられているその後の経緯は以下の通り。
〜1622年のこと、将軍・秀忠は亡父・家康の七回忌に日光東照宮
(栃木県日光市)を参拝した後、幕府年寄・本多正純の居城で
ある宇都宮城(栃木県宇都宮市)に一泊する予定にしていた〜


将軍と幕閣の関係、東照宮と宇都宮城の距離などを考え合わせ
れば、このこと自体はとりたてて不自然な計画とはいえません。
そこで、〜正純は城の普請(改修)や御成り御殿の造営を
行わせています〜
が、これも将軍をお迎えする立場としては
当然の礼儀です。


画像















   「宇都宮釣天井事件」 出展:とちぎふるさと学習
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ところが、〜直前になって、この「宿泊予約」?がキャンセル〜
されます。 さて、理由は?
〜宇都宮城はヤバイくて怪しいよ〜秀忠の姉・加納御前から
こんな訴えが届いたからとされています。

これを聞いた秀忠は、急遽宇都宮城を避けて江戸へ戻り、
その後に〜本多家は改易、正純は流罪を申し付けた〜という
展開になっていきます。

そんな経緯もあって、本多家改易の理由を〜正純が宇都宮城に
「釣天井」を仕掛け、秀忠暗殺を企てた〜
からとする、いわゆる
「宇都宮釣天井事件」として語られることになったわけです。
※ただし、「釣天井」自体は歴史的事実ではないとされています。
※また、映画などでは将軍を三代・家光にしているケースもあるとか。


このとき計画した?「釣天井」とは、ロープで吊り下げておいた
天井を、そのロープを切ることでスッコーンと一気に落下させる
ものと考えられていますから、つまり、標的の人物を天井の
下敷きにして圧殺する方法で、かなり劇画的でド派手・破天荒な
趣があります。

まあ、周りの人々は、正純と秀忠の間にはそのくらいの確執が
あったとしても不思議ではない、と見ていたのかもしれません。
以下は、暗殺未遂後に秀忠が正純を取り調べたという設定で
創作したワタシのヨタ話になります。

秀忠 「二代将軍を決める折も、そちはこのワシをあまり評価
    せんかったがその理由は?・・・忌憚なく申してみよ」

正純 「では忌憚なく・・・上様の将軍としてのご器量にいささかの
    疑問を感じておりました次第です」

秀忠 「ふ〜ん、どんなところ?」
正純 「第一に、肝心の関ヶ原(の戦い1600年)にすっかり遅刻
    されたこと。第二に、奥方様(お江)の尻に敷かれっ放しの
    めっぽうな恐妻家であること、その上に・・・」

秀忠 「なんだ、まだあるのか?・・・まあよい忌憚なく申してみよ」
正純 「父親にはとことん従順な意気地なしで、さらには・・・」

秀忠 「もうよい、不愉快じゃ!これにてお仕舞いとする!」
正純 「はあ、<忌憚なく>を連呼されましたので、そのご期待に
    沿えるようソレガシも目一杯頑張りましたッ!」

確かに、劇画的「宇都宮釣天井事件」?は全くの冤罪であり、
冗談めいたウワサ話だったようですが、どっちに転んだとしても
〜本多家改易、正純流罪〜こちらの「歴史的結果」は避けられ
なかったのかもしれません。




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