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zoom RSS 日本史の「言葉」12 水道の水で産湯をつかる

<<   作成日時 : 2013/09/10 00:05   >>

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時代劇でこんな啖呵を切るシーンを見ることがあります。
〜水道(神田・玉川)の水で産湯をつかった江戸っ子でぃ!〜
しかし、その江戸っ子が住む長屋には「蛇口」が見当たりません。
そして、外では長屋のおかみさんたちが賑やかな「井戸端会議」
を・・・ はてはて、どこに水道が?

しかし、これは現代人の「誤解」なんですってね。
長屋に「蛇口」がないのは当然で、おかみさんたちが囲んでいる
「井戸」?こそ、何を隠そう「水道」(水道井戸)なんだそうです。
う〜ん、言っている意味がよく分からんゾ!

整理してみると、こういうことのようです。
元々はド田舎だった「江戸」は、幕府を開くにあたって、かなり
人工的で大がかりな開発を必要としました。

やたらに多い「台地」を削って平地に造成することもそうでしたが、
急増する人口に対処するためには、とにもかくにも「生活水」を
確保する必要があります。

ところが、この「江戸」は地形的に海に面していますから、
「井戸」を掘ったところで湧き上がってくるのは「塩水」・・・
うへぇ、ペッ、ペッ!

つまり、「井戸」本来の方法で地下水を汲み上げても、実際には
生活水として使えないわけですから、そうなると方法は
〜「地下水そのものを作る」?しかあるめぇ〜ということに
なります。

そこで、関東平野の大きな河川から、水道川(上水)を造って
町まで水を引き、さらに今度は石製・木製・竹製の「水道管」
地下に設置して江戸市中にくまなく分配する。
この方法を採用しました。
・・・これが、その名の通り「水の道」すなわち「水道」です。

そう言われれば、「神田上水」や「玉川上水」など、
水道川については聞いたことのある名も少なくありません。


画像










  出展:「お江戸の科学」 学研科学創造研究所
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さて、次は「蛇口」です。
多少技術的なことですが、現代の「水道」には圧力(水圧)が
かけてあります。

そのことにより、それこそ「蛇口」を捻るだけで、勢いよく水が
出てくるわけですが、ところが、江戸期にはまだ「水道」に加圧
するだけの技術がありませんでした。

そこで、「(水圧)蛇口」の代わりに「人力で汲み上げる」方法を
採用していたわけです。
ですから、長屋のおかみさんたちの「井戸端会議」は厳密には
「水道井戸端会議」ということになるのかもしれません。

驚くべきことに、江戸時代の中期頃にはこうした「水道井戸」が
江戸市中にほぼ20〜30米四方に1か所くらいの密度で設置
されていた(ホントに?)そうですから、それが事実なら江戸の
町はかなりの「近代都市」だったと言えるのかもしれません。

つまり、こういう背景があったからこそ、江戸っ子にとっては、
田舎では見られないこの「近代都市」のカッコよさが自慢になり、
その昂ぶりが〜水道の水で産湯をつかる〜
この言葉を生んだのでしょう。

お話はそれますが、それにしても、「江戸っ子の啖呵」には
この「水道の産湯」に限らず、割合どうでもいいようなことを、
無理を重ねて言い張る傾向があります。
少なくとも、「江戸っ子」ではないワタシなんぞはそう感じます。

江戸っ子 「どうでぃ、田舎育ちのオメエ様と違って、オレなんざ
       『水道の水で産湯をつかった』本物の江戸っ子でぃ!」

田舎ッペ 「そりゃあ、アンタのオッ母サンがそう言いくるめただけ
       のことで、そのことをまさか生まれたてのアンタが
       定かに記憶しているわけでもなかっぺ・・・」

江戸っ子 「なんだとぅ、オレの自慢にケチをつけようってのか?
       おう、オレはな『産湯』のことを確かにキッチリ覚えて
       いるぜぃ! なんせ、他のヘッポコな連中と違って、
       物心ついた六歳の頃だったからな!」

田舎ッペ 「そりゃあアンタ、それは『産湯』じゃなくて、ただの
       『水遊び』だっぺ!」



今回は 美濃加茂・M氏「年齢切替日」、俗称「誕生日」《記念編》として、
人生の原点でもある「産湯」を取り上げました。 ※祝辞は「コメント欄」




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日本史の「言葉」18 ”不徳の致すところ”物語
孔子さんの「儒教」には、徳治主義ともいうべき独特の政治理念・ 思想が持ち込まれています。 簡単に言うなら、統治者が「有徳者」である世の中は上手く運ぶ けれど「不徳」の統治者の場合はそうはならないという考え方で、 この理念?の迫力は施策の可否だけでなく、疫病・飢饉・天変 地異などの自然現象までをも施政者の「徳の有無」に求めた ことです。  つまり、〜上に立つアイツが不徳だから、こんな災いを招いて しまったのだ〜という因果で語られるわけです。 ...続きを見る
ヤジ馬の日本史
2015/06/25 00:03

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
<美濃加茂市のM氏へ>
お誕生日おめでとうッ! こんな言葉があります。
〜人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし〜
徳川家康遺訓(実際には家康作ではないらしい?)

その「遠き道」にはご家族の応援もあるのですから
腹をくくってしっかり頑張ってくださいナ。
文字だけでは多少不安もあるので、今度会ったら、
直接「口頭」でクドクドお話しするつもりですッ!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<同・ご家族の皆様へ>
ご家族全員、仲良くやっていますかッ?
大家族?で毎日が大変でしょうが、
そこはそれ「笑う角には服着たる」の心構えでッ!

→正しくは「笑う門には福来たる」でした、訂正ッ!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<最後にッ!>
「ヤジ馬応援」に関しては、多治見の皆様は揃って
非協力的な態度(時期外れの反抗期?)を貫いている
ようですので、折に触れ美濃加茂からも根気よく説得をッ!
そしてまた今後とも「ヤジ馬応援」をよろしくッ!
住兵衛
URL
2013/09/10 00:10
お祝いの言葉ありがとうございます!
お陰さまで無事に1歳になることができました。
遺訓のありがたいお言葉は、まだまだ理解するのは難しいと思いますが現在の日本(まぁずっと昔からそうなのですが)の国民事情に精通したものがあると思います。
これからも元気に成長していきますので何卒ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします。
美濃加茂市のMとYとR
2013/09/12 12:12

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