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zoom RSS 日本史の「忘れ物」15 ”生類”と”魔女”の背比べ?

<<   作成日時 : 2013/07/30 00:01   >>

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〜薬欲しさに吹き矢で燕を射った者に厳罰、
顔に止まった蚊をつぶした小姓もやっぱり厳罰〜

これは、将軍・綱吉による「生類憐れみの令」(1687年)が
語られるとき、よく紹介されるエピソードです。

〜この日本では、バカ殿がバカ法律を作って、世の中を
振りまわすなんぞ、実にバカなことをやっていたものだ〜


このエピソードは、確かにこんな印象を誘導しています。
では、同じ頃、文化的に遥かに進んでいた?とされる西欧では、
どんな「素晴らしいこと」を行なっていたのでしょうか?
実は「隣の芝生は青い」わけではなかったようです。

ぶっちゃけていうなら、まあドッコイドッコイで、実は、これも
悪名高き「魔女狩り」に熱心に取り組んでいました。
しかも、この綱吉の頃は他の時期よりむしろ熱心で、ある意味
「ピーク」だったと言える一面もあったのです。

さて、その「魔女狩り」ですが、その容疑者?になり、「あの女は
“悪魔のしもべ”である」
との判決が下されようなものなら、
「厳罰」どころか「火あぶりの刑」に処せられました。

しかも、その処刑の風景を楽しみにして大勢の見物人が集まった
そうですから、これはたまりません。
※女性だけでなく、少なからず男性も犠牲になったとか・・・「魔男」?

見方によっては、「生類憐れみの令」より、むしろこちらの方が
さらに過酷・残酷な環境があったようにも思えます。
少なくとも〜日本だけがダントツに野蛮で、西欧だけが
ダントツに進んでいた〜
とはいえないでしょう。


画像













   魔女?の「火あぶり刑」を楽しむ大勢の見物人
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だって、そうでしょ。 こんな質問を受けたら、どう答えますか?
〜あなたは、日本版・綱吉の「生類憐れみの令」と、
西欧版・キリスト教の「魔女狩り」を比べてみて、
どっちの文化レベルが高いとお思いですか?〜

〜そりゃあアンタ、断然に“魔女狩り”でしょうナァ!〜

こう胸を張って答える人は、相当な「西欧信奉派・アンチ日本派」
であっても、そうそう多くはないでしょう。

ですから、この比較は(多少品のない表現ですが)まさしく
「目クソ鼻クソを笑う」のレベルなのです。

ところがどっこい、「明治維新以後」の日本人の中には、自国の
先人達の言動をことさらに「悪く」解釈したがる性癖を持つ人も
少なからず誕生しています。

それに当たるのが、「自虐史観」といわれるものですが、
もし、綱吉が“バカをやっていた”というのなら、キリスト教も
同じように“バカをやっていた”と見るべきが公平のはずです。

それを意識的?に、西欧の欠点については、ひょっこり
「忘れ物」扱いにした上で、先人達の欠点だけをあげつらうのは、
さすがに卑怯臭い方法だと言わざるを得ません。

簡単に言うなら、世の東西を問わず、人間のやることって
そんなには違わないものなのです。
ですから、結論から言えば、日本の「自虐史観」はある種の
妄想に過ぎないことになります。

その何よりの証拠は、数々の失敗はあったにせよ(この点は
どの国でも同様ですが)、滅亡させることもなく、この国を
21世紀まで保ち続けてきた歴史的事実です。

もし、本当に「バカで頼りない先人達」だったとしたら、こんな
とてつもない大事業を完遂できたはずもないのですから。

最後に、「自虐史観」の逆を張って、敢えて詭弁を弄した
「自慢史観」?をひとつ。

〜ええっ!わが国が綱吉の「生類憐れみの令」に精を出して
いた頃、西欧では「魔女狩り」に熱中していたのかッ!
だったらこの頃は、先進国・日本が後進国・西欧に追いつかれ
そうになっていたわけだ! ひえぃ、ヤバかったな!〜





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