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zoom RSS 日本史の「言葉」11 三行半(みくだりはん)

<<   作成日時 : 2013/05/25 00:01   >>

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時代劇などで、夫が妻に向けて、この「三行半(みくだりはん)」
突きつけるシーンを見たなら、まあ大抵は、この時代の離婚は
夫の一存・自由裁量で決めてしまえたものと、受け止めたくなる
ところでしょう。

ところが、必ずしも実態はそうでなく、夫婦どちらかが一方的な
不利益を背負うことのないよう、先人達もそれなりの配慮の上で、
結構慎重に扱っていた様子が窺えます。

さて、離婚の際に夫婦相互間で交わすこの書面を、現在では
そのものズバリの名称「離婚届」と呼んでいますが、
江戸時代の庶民は、多少の余裕としゃれっ気を感じさせる
「三行半」との俗称を使っていました。

これは、離婚の内容を一般的に三行半の文言に納めたことから
このように呼ばれたとされていますが、実際には必ずしも
三行半の形式にこだわっていなかったようです。

ちなみに、武士の場合は、案の定、堅苦しくしゃちほこばって、
離縁(りえん)状・去(さり)状・暇(いとま)状と呼んでいました。

いずれにせよ、この三行半は正規の手続きをもってその離婚を
成立させましたが、一方でこの後の妻の自由な再婚を認める
「証明書」、つまり「再婚許可証」?の性格も備えていましたから、
案外これを待ち望んでいた妻も少なくなかったかもしれません。

その上に、時代劇ドラマのように、夫側が一方的に三行半を
突きつけるなどの理不尽があった場合には、妻側を守るために、
一種のペナルティ(現在でいう「慰謝料」)が科されることも
あったようです。

画像















 三下り半(離縁状)/高木侃 『泣いて笑って三下り半』
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また、「夫→妻」ではなく、実際にはドラマとは逆に「妻→夫」と
いうパタ−ンもありました。

その場合、妻側からの三行半催促を拒否するなんぞは、
「男の風上にも置けねえザマ」という「大恥」であり、夫自身の
人格までも疑われる行為とされていたようです。

さらには、一旦この三行半が正式発行?されると、その後は
後戻りも困難なだけに周囲の人たちも結構慎重で、関係者
(仲人や親戚など)がそれをしばらく預かる形にして、当の夫婦に
頭を冷やす「猶予期間」を持たせることも行われています。

しかも、江戸の町に限れば、男女比がいびつで、女性より男性の
人数の方がかなり多かったとされていますから、「三行半」後の
夫にはたして再婚のチャンスが巡ってきたものかどうか?・・・
反面、妻の方は引く手あまただったということになります。

これらを整理すると、まあこんな具合でしょうか。

○妻に愛想をつかした夫が「三行半」を突きつける場合には、
  厳しくその妥当性が問われた。
○夫の言い分に妥当性が認められない場合、その補償
  求められる場合もあった。

○逆に妻からその催促が出された場合、夫は実質的に
  「拒否権」が認められていなかった。
○断固履行する意思を固めても、周囲から「一時預かり」
  扱いにされてしまうケースも少なくなかった。

○江戸の町の場合、離婚後の元・妻には再婚のチャンスが
  拡がっているが、元・夫はかなり「狭き門」になってしまう。

つまり、夫側から「三行半」を発行?しようとすれば、これらの
大きなリスク全部を背負う覚悟が必要だったわけですが、
反面、妻側には手厚い保護・有利な環境が整っていたことになり
およそ離婚に限っては、ある意味妻の方が強い立場にあったと
いう言い方もできそうです。

ですから、ドラマで見るような、妻の物言いについカッとなって、
いきなり「三行半」を突きつけるなんて姿はそうそうなかった
はずで、これはあくまでもお話を面白くするための映像サービス
だと受け止めておいた方が無難なのかもしれません。

では、
〜この時代の女性は夫に抑えられ家に縛られ自由もなかった〜
この幻想的な解釈はどこから降って湧いたものなのか?

それは、この日本にその昔からある「判官びいき」の心情に違い
なく、つまりは弱者・敗者である夫に対して、せめてお話の中だけ
でも威勢の良い思いをさせてやろうする深い同情心が創り出した
バーチャル・リアリティに過ぎない・・・ということなのかも?

〜あゝ、(昔も今も)弱き者よ、汝の名は夫〜






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日本史の「言葉」18 ”不徳の致すところ”物語
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