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zoom RSS 日本史の「女性」10 何が正室に起こったか?

<<   作成日時 : 2013/04/15 08:00   >>

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徳川15人の将軍の正室・側室の人数を合計すると一体
何人になるのかは知りませんが、その中でたった一人だけ
極めて特異な扱いを受けた女性がいます。

二代将軍・秀忠(1579−1632年)の正室・お江サン(1573-
1626年)がその女性で、実は「火葬」に付されているのです。
もちろん、亡くなった後のことですよ。
亡くなる前では、ちょっと問題ですからね。

しかし、正室・側室の中では、「火葬」そのものが後にも先にも
このお江サンたった一人だけということですから、何かしら
「胡散臭い」印象がするのも事実です。

ですから、これはお江サンが「毒殺」されたからであり、その
「証拠隠滅」のために「火葬」にしたのではないかと見る向きも
少なくありません。

画像










  出展:NHK 「江 姫たちの戦国


では、誰に「毒殺」されなければならないのか?
そこで、俄然クローズ・アップされるのが、実はお江サンと
春日局の間に激しい確執があった、とする見方です。

兄・家光より弟・忠長を可愛がった秀忠・お江夫妻は当然のこと
「三代将軍・忠長」を構想していたのですが、その案がオジャンに
なったのも、春日局が家光の乳母という立場から「三代将軍・
家光」案を家康に直訴したからだともいわれています。

念のために少し整理してみましょう。
お江サンが亡くなった1626年は、将軍は三代・家光(23歳)であり
前将軍である夫君・秀忠(48歳)は大御所の立場にいました。

では、この時点で春日局(1579−1643年)にお江サンを「毒殺」
しなければならない理由があったかといえば、これには少し
疑問符が付きそうです。

なぜなら、「後継将軍」問題は既に決着がついており、しかも、
春日局の完全勝利に終わっているのですから、いまさらその
お江サンを消さねばならない理由もないからです。

その上に、仮に「毒殺」をしたとしても、犯人?春日局に
はたして「葬儀の次第」を、つまり「火葬」に持っていくだけの
権限があったのか、という点にも疑問が残ります。

ある程度のことは贔屓の将軍・家光に働きかけるにせよ、
なにしろ、この時点では被害者?の夫君・秀忠が健在なのです
から、春日局の思惑通りに「火葬」まで運べたとも思えません。

すると、「火葬」の原因を他に求めることになります。
通常では行わない「火葬」をわざわざ行ったということは、その
経緯を承知していた人々でさえ、その「亡くなり方」に尋常でない
モノを感じていたと想像できます。

〜未曾有の激しい吐瀉・下痢・腹痛・発熱に苦しんだ挙句に
あれよあれよという間に絶命に至った〜
なにせ「毒殺」を疑うほどですから、このくらいの症状・経緯を
示したとしても不思議ではありません。

この状況を知った将軍・家光と大御所・秀忠は、おそらく即座に
緘口令を敷いたことでしょう。

なぜなら、幕府の中枢で「毒殺」があったとの噂は、取りも直さず
幕府の内部が一枚岩でないことを世間に公表しているようなもの
だからです。

これまで、せっかく大名潰しに情熱を注いでいる最中なのに、
下手をすれば、この機に乗じて反乱を企てる外様勢力が出て
くるかもしれません。

それを避けるためにも、とにかく、悪い風評・噂が拡散する前に、
迅速かつ最終的な「幕引き」を必要としたと思われますから、
その意味でも、否応なく遺体を残すことのない「火葬」を選択
せざるを得なかったということになりそうです。

では、なぜその時の状況が詳しく伝わっていないのか?
そりゃあ、なんといっても現職将軍の母親であり現職大御所の
正室のことですから、そこは幾分かの「筆を曲げる」のが人情と
いうものでしょう。

では、「毒殺」でないとするなら、それは一体どんな原因だった
のか。 病気か?事故か?
大胆不敵・慇懃無礼・根拠薄弱な推理が許されるとするなら、
驚くなかれ、それは「ノロウィルス」だった!

「んな、バカな!ノロウィルスが確認されたのは二十世紀も
後半になってからだゾ!」と指摘する方にはひとつの思い込み
があります。
まあ、人間の「思い上がり」と言い換えてもいいでしょう。

いいですか、「ノロウィルス」は二十世紀に出現したのではなく、
ただその時になって始めて人間側がその存在を確認できたと
いうことに過ぎないのです。

ですから、この驚天動地の結論こそは、先日来この「ノロ」に
苦しめられ続けたワタシだからこそ導き出せたものと、内心、
自画自賛している次第です。

しかし、容疑者?「ノロ」にも言い分があるのかもしれません。
〜このノロ説は、その症状に多少苦しんだ者が八つ当たり的に
言い出した悪意ある言いがかりに過ぎず、明らかな冤罪だ! 
なんなら、最高裁まで断固戦ってやるゾ!〜




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内 容 ニックネーム/日時
六年に一度の壮大な歴史絵巻!!
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が、6年ぶりに10人vs1人楠木正成殉職の地。
神戸の湊川神社で開催されます。(5月26日)
子供舞楽<舞武者>が湊川公園(場所要注意)で奉納されます。
可愛いですw。
元町商店街を通るので日陰でゆっくり観賞出来ます。
衣装を着用で行列参加も出来ます。六年に一度です。
お忙しいでしょうが、是非お越しください。
                      邂 逅
神戸っ子
2013/04/16 18:08
神戸っ子さん。
六年に一度という、オリンピックよりすごい
イベントにご招待ありがとうございます。
あいにく、当日は伺えそうもありませんが、
これを機会に楠木正成のことを勉強して
みるつもりです。
また、<楠公武者行列>の後日談の
お知らせも楽しみにお待ちしています。
住兵衛
URL
2013/04/16 21:30

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