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zoom RSS 日本史の「言葉」09 奢る義経も久しからず

<<   作成日時 : 2013/02/20 08:30   >>

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世の古今東西を問わず、「驕り」が原因となって我が身を
滅ぼすことは珍しいことでもなく、〜奢る平家は久しからず〜
という言葉は現代にも伝わっています。
確かに一時期の平家は栄耀栄華を極めました。

ところが、敵方に源義経(1159−1189年)という天才軍人が
登場したことで状況が一変、一の谷・屋島・壇ノ浦と三連戦・
三連続完封?負け、すなわちボコボコにやられてたちまち
滅亡(1185年)にまで至りました。

ですから、この三連続完封?勝ちをおさめた1184年から
1185年にかけての1年余りが源義経の人生における
「絶頂期」だったとみることは、まあ平均的な意見といえる
のではないでしょうか。

画像





 源義経
 壇ノ浦の戦い
 「八艘飛び」


ところが、「出る杭は打たれる」という言葉がある通り、やはり
余りに際立った功績は周囲にいる「並みの人間」の妬みを買う
ものなのです。
この気持ち、「お金持ち」に対するワタシの気持ちと似ている
だけにワタシにはよく理解できるのです。

話が逸れかけていますので軌道修正しますが、
平家滅亡直後に兄・頼朝(1147-1199年)と対立した義経は、
大物浦(だいもつうら/兵庫県尼崎市)から船出(1185年)を
決行しました。

これは九州へ渡って体勢を立て直すための行動です。
ところが、なんと暴風にあって難破し、再起に必要な部下や
資金などの大部分を失うという信じられないほどのダメージを
くらってしまいます。

これは実際「しまった!」なんて生易しいものではなく、むしろ
「万事休す!」と表現したほうが適切なのかもしれません。

こうして「九州亡命計画」がオジャンになった義経のその後に
ついてはおそらく皆様の方が詳しくご存知でしょう。
どうも日本海側の陸路伝いに逃避行を続けたようで、
最終的には奥州藤原氏を頼って平泉に逃げ込んでいます。

しかし、結局はそこまでで、その後に頼朝の軍に追い詰められ、
衣川において自決することになります。
平家を滅ぼした立場から今度は自らが滅ぼされる立場に
なってしまったワケです。

現代人が「歴史を冷静に振り返る特権」の上に立って、勝手で
無責任な評論?をするなら、「大物浦」の出来事は暴風という
アクシデントがあったにせよ、義経自身の心にも幾分の「驕り」が
生じていたように思えるのです。

伝えられる「八艘飛び」の活躍が史実かどうかは知りませんが、
とにかくそれまでイケイケドンドンの勢いで難しい海戦を制して
きた義経が、それより遥かに容易な九州渡航に失敗しているの
ですから「奢り」がまったくなかったともいえないところでしょう。

つまり、確かに〜奢る平家は久しからず〜でしたが、その逆の
〜奢る義経も久しからず〜も同様に歴的真実だったということに
なります。

では、なぜ〜奢る平家は・・・〜の言葉の方は残ったのに
〜奢る義経も・・・〜の方はそうならなかったのか?
多分それは今しがたワタシが思いついた言葉であることが第一
の理由なのでしょうが、実は他にも考えられることがあります。

要するに、テレビドラマなどでもよく取り上げられる通り、
義経VS頼朝は常に被害者(善玉)VS加害者(悪玉)という
構図で意識されているからに他ならないのです。

伝統的に「被害者には深く同情する」ことを善とする日本人は
「被害者の奢りを指摘する」ような野暮で薄情な行為を嫌います。
その意味ではこの文章を書いているワタシなぞは、
「日本人離れ?した野暮人間」といえるのかもしれんゾ。

ですから、この「大物浦船出の失敗」の原因は、ひとえに暴風に
巻き込まれた不運にあったという理由付けで一件落着し、
その影に義経自身の「奢り・慢心」があったなどと指摘される
ようなことは今後もないでしょうに・・・きっとなら。

平家のような「栄耀栄華」を味わったこともなく、義経のような
「イケイケドンドン」を経験したことのないワタシは基本的に
「おごり」が好きではありません。
でも、「おごってもらう」ことは大好きなんですネ・・・これが!




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ルイヴィトン バッグ
2013/07/10 01:34
日本史の「言葉」18 ”不徳の致すところ”物語
孔子さんの「儒教」には、徳治主義ともいうべき独特の政治理念・ 思想が持ち込まれています。 簡単に言うなら、統治者が「有徳者」である世の中は上手く運ぶ けれど「不徳」の統治者の場合はそうはならないという考え方で、 この理念?の迫力は施策の可否だけでなく、疫病・飢饉・天変 地異などの自然現象までをも施政者の「徳の有無」に求めた ことです。  つまり、〜上に立つアイツが不徳だから、こんな災いを招いて しまったのだ〜という因果で語られるわけです。 ...続きを見る
ヤジ馬の日本史
2015/06/25 00:03

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