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zoom RSS 日本史の「トホホ」03 元寇を阻んだ?”生命体X”

<<   作成日時 : 2013/02/05 08:30   >>

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元(モンゴル)・高麗による日本侵攻は二度とも神風が
吹き荒れてその軍団を全滅させた・・・
「元寇」(蒙古襲来)に対する日本人の平均的なイメージは、
まあ、こんなところでしょうが、でもこのお話、ちょっとばかり
不自然ではありませんか?

その「二度」とは一回目が「文永の役(ぶんえいのえき)」
(1274年)、二回目が「弘安の役(こうあんのえき)」(1281年)と
呼ばれています。

ところが、この最初の「文永の役」については元側・日本側の
両方の史料ともに「暴風」に関する記述はないようなのです。
ですから、それが原因とされる「元軍全滅」の方も疑わしく
なってくるのは当然のことです。

もちろん、「史料」に記述がないから、そんな「事実」もなかったと
いうことにはなりませんが、それでも「暴風による船団全滅」と
いう事態が本当に起こっていたとするなら、これはかなり目立つ
出来事なのですから、少なくともどちらかは記録には残って
いそうなものです。

それがないのですから、「神風はなかった」とするのが素直な
解釈なのかもしれません。
事実、その見解に立っている歴史家もいます。

問題は、第二回目の「弘安の役」です。
7月の台風シーズンに入った時期ですから、これは本物の
「台風」が襲ったと見てもいいのでしょう。
しかし、この場合でも「船艦の壊滅」はあったのかも
しれませんが、「船もろともに軍団(兵員)も壊滅」の方は
疑わしい気がします。

なぜ?
そもそも船団を組んで海外まで侵攻するということは、まずは
最初に陸上拠点を確保するために「上陸作戦」が行われるはず
ですから、当然この時の元軍も陸上に多数の部隊・兵員を
展開させていたものと考えられます。

ところが、もし「船もろともに兵員壊滅」が本当だとしたら、この
「暴風雨」の最中にも関わらず、兵員の大多数が「船内」に
避難していたことになります。

つまり、せっかく上陸した部隊も、攻撃の足がかりとなる拠点を
放棄するかたちで「帰船」したということです。
実際、そんな無駄で無益な?ことをするものでしょうか?

画像
 出展:うきは市 元寇の油絵 本仏寺  矢田一嘯画伯

〜いや、全軍が船内に避難しなければならないほどの
とてつもなくスッゲェー荒れた台風だったのだ〜
 という
説明も一応は成り立つかもしれませんが、それにしても
台風が理由なら、船内よりはむしろ陸上の方がその対応は
容易だったと思えます。

ですから、この「船に帰っていた理由」についてはこんな
「合理的」?な説明も存在しています。
お断りしておきますが、これはワタシの口からでまかせのヨタ話ではなく
(少々ワタシ風のアレンジを加えてはいるものの)、
ある高名な歴史学者さんの見解に基づいたものです。



質問 「なぜ、上陸部隊までが船に帰っていたのでしょうか?」
回答 「それは、陸上には野営を断念させるほどの
     とんでもない『大敵』」がいたからです。」

質問 「それは『鎌倉武士団』のことですか?」
回答 「う〜ん、惜しい! 実はもっと凄い奴で、モンゴル人に
     とってはそれこそ『未知との遭遇』でした。」

質問 「ゲッ!では、『宇宙人・地底人・海底人』の類でしょうか?」
回答 「今度は惜しくない! 『蚊』です、『蚊』!」

この学者さんによれば、モンゴルでは”蚊”を見かけないそうです
から、もしそうなら、モンゴル人にとっては、チクチク刺し人間の
血を容赦なく吸いまくる”蚊”は、「吸血コウモリ」並みの
「未知なる不気味な生命体X」であり、野営を諦めるに余りある
「恐怖の対象」だったのかもしれません。

それにしても、元軍の猛者が小さな”蚊”に屈して、
「船内」にまで逃げ込んでいたというのが本当のお話だとしたら、
これはかなり「トホホ」な姿です。

それならそれで、味方には”蚊”のことをよく知っている
高麗人たちもいたのですから、事前に一言くらいアドバイスを
してやってもよかったのに・・・とも思えます。
でも、高麗人たちの言い分はこうだったのかもしれません。

〜そもそも祖国・高麗が併呑されたのも、侵攻用船舶を建造
させられたのも、また、こうして戦場へ連れてこられたのもみんな
奴ら(モンゴル人)の仕業なのだ。
そんなド悪人の奴らに、なにが悲しくて親切心を発揮せにゃあ
ならんのだ! えええ、そうだろうが!〜


〜元寇の折、日本は”蚊”によって救われた!〜

「生類憐れみの令」で「”蚊”を殺しても厳罰」としたのは、
徳川五代将軍・綱吉がこの歴史事実をよく知っていたからだ、
とされています。

※今度は正真正銘のヨタ話ですから、ご注意くださいネ。




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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。

なかなか面白い説だなぁと思いました。乾燥地帯のモンゴルではボウフラが生息するために必要な水環境自体が殆どない訳だから、確かに蚊とは無縁の筈ですね。
kanageohis1964
URL
2013/02/05 12:43
いつもご丁寧なコメントをいただきありがとうございます。
大変に励みになって感謝しています。
今回は、とある学者さんの見解のご紹介に留まりましたが、いつの日か、kanageohis1964サンを「ワッ!」と驚かせるようなオリジナルをモノにしたいと思っていますので、ぜひまたお立ち寄りをお願いします。

そちらのブログにもお寄りして、応援クリックをさせていただきますのでどうぞお楽しみに!
住兵衛
URL
2013/02/05 20:45

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