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zoom RSS 日本史の「トホホ」02 不器用?だった江戸幕府

<<   作成日時 : 2013/01/10 08:30   >>

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〜ええか、銭というものはダ、身分賤しき商人が持てば間違い
なく賤しいモノであるが、武士がこれを持つときにはダ、お米が
その姿を変身させているだけのことであり、銭の賤しさなどとは
まったく無縁のモノなのダ。ええか、あい分かったか!〜


江戸期の政治担当者がこのくらいの詭弁?屁理屈?を
持ち合わせていたとしたなら、武士階級だってもあれほどの
貧乏にあえぐ必要もなかったのでは?・・・そう思えます。

少し前の信長、秀吉、家康などは商業・貿易(経済活動)に対して
江戸幕府が抱いたような嫌悪感を持ってはいませんでした。
むしろ、貿易促進派?の立場を取っていたハズですから、その
姿勢に比べたらまるで正反対を向いている印象になります。

その意味では江戸期の武士階級はあまりにも視野が狭すぎた
といえるのかもしれません。

とにもかくにも、「貴穀賤金(きこくせんきん)」という言葉に
金縛りにあったような按配で、
〜米こそが貴いものであって金なんぞは蔑視すべきものであり、
武士たる者がそんなものに捉われるのは沽券に係わる!〜

という思想?にまで昇華させています。

その昔の日本人には、甘く言えば「弾力性・融通性」、辛く言う
なら、「大雑把・無節操」な一面があり、これを上手に生かして
きた歴史があります。

せっかくの海外先進科学である、たとえば漢字律令
仏教などにおいても、不便があれば意識的に無視・省略したり
大胆に改変したりしながら、いつの間にか「日本人仕様」を作り
上げることで、ちゃっかり役に立つ部分だけを利用しています。

こういう自国の歴史を多少なりとも知っていたなら、江戸期の
武士階級もなにもここまでストイックになる必要もなかった
ハズで、おそらく通常期?の日本人なら迷いなくそのセンで
突き進んだことでしょう。

ところが、江戸幕府はなにかしら洗濯ノリが利きすぎたような
バキバキの姿勢を崩さず、現実を直視しないばかりか、ドンドン
「空想的美学の世界?」へのめり込んでいっていますから、
その意味では、驚くほど「日本人離れ?した不器用」
政府だったと言えるような気がします。

「三大改革」という表現がありますが、これもすべて
「貴穀賤金」の信念?が優先してしまって、ひたすら
お金を蔑視することに熱を上げています。
つまり、社会生活における「お金」の意義・効用を
とことん無視するばかりで、結局のところ国民に対して、
「ええか、とにかく懸命に質素倹約に努めよ!」と号令を掛ける
だけのことで終わっているのです。

つまりは、実質的な「改革」にはなっておらず、「武士総貧乏」?
もどきの社会を創り出しただけだったようにも見えます。
まったく、みんなが貧乏になってしまっては「トホホ」ですヨ。


  享保の改革 八代将軍・徳川吉宗(1684−1751年)
画像














ですから、三大改革?最初の「享保の改革」において八代将軍
・吉宗が、冒頭にご紹介したような詭弁?啖呵?を切った上で、
実行に移していたなら、その経済建て直しはもう少し巧く
運んだのではないかと思うわけです。

歴史の経緯から想像するに、先人たちなら、おそらくは良心の
呵責を感じることなく、平気でこの程度のセリフを吐いて
チャッチャッと実行に移していたのではないかと思います。

なぜなら、この高邁?な詭弁は、「士農工商」や「貴穀賤金」などの
儒教の教義にも矛盾することなく、またそれに伴う「銭アレルギー」
さえも解消できるという、まさに日本人向きの理屈だからです。

もし、江戸幕府の政治家たちがもう少しばかりフレキシブル
(ズボラ?)な感性を持ってこの域こまで踏み込んでいたなら、
何回も「改革」を繰り返さなくとも立派に「経済立て直し」が
できたでしょうに。 惜しかった!

ですから、この経緯から国の政治家が特定のイデオロギーに
凝り固まってしまうと、結果として国民を不幸にしてしまうことも
あるのだ、ということが歴史の教訓として学べます。

ということは、神経質でストレスを溜めやすい現代日本人も
昔の日本人のようにもっともっとズボラな感性を強く持って
フレキシブルに生きるべき、という結論になります。

つまり、何でも「三日坊主」で終ってしまうワタシのような生き方が
現代日本人のスタンダードになってもいいということなのです。
ええか、あい分かったか!




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