ヤジ馬の日本史

アクセスカウンタ

zoom RSS 日本史の「世界標準」06 君側の奸を討つ

<<   作成日時 : 2012/11/30 08:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 2 / コメント 0

あまり馴染みのない言葉ですが、「くんそくのかんをうつ」と
読みます。 王様(権力者)の周辺にはびこる悪い家来(奸臣)を
やっつける、というほど意味でしょうか。
世界史にはあまり見られませんが、日本史では再々実行されて
いる行動のひとつです。

つまり、権力者である王様本人(日本の場合は王=天皇と理解
していいと思いますが、)を倒すのではなく、王様の周辺にいる
実力者(たとえば、その取り巻きの側近など)を討って、
自分がその側近になり代わろうとする行動です。

権力者の交代を目的とするなら、考えるまでもなくこの手法は
「遠回り(間接的な方法)」方法であって、こんなことをする
くらいならハナから王様本人を倒して自分が王になり、一件落着
とする方がよっぽど「近道(直接的)」になるハズです。

ですから、たとえば中国にしろヨーロッパにしろ日本以外の国では
事実、このように直接的に権力者本人を倒すやり方を繰り返して
きており、むしろこちらの方がグローバル・スタンダード
すなわち「世界標準」と言えそうです。

その意味で、「君側の奸を討つ」という遠回りな方式は日本独特の
もので、その上、世界史的にはやや標準外れの位置にあるので、
ひょっとしたらこれも「日本の常識は世界の非常識」のひとつの
例なのかもしれません。

ですから、独裁者?・織田信長を直接的に倒した「本能寺の変」
(1582年)などは、日本においてはむしろ例外的な事件といえる
のでしょう。


画像









 二・二六事件
 wikipedia


この日本の歴史の特徴的な方式は、昭和時代に入ってからも
見られ、事実1932年(昭和7年)の「五・一五事件」や、
1936年(昭和11年)の「二・二六事件」でも、実行者である
青年将校たちが標的としたのは政財界の要人たちであり、
権力者?天皇はその枠から除外されています。

では、なぜ「君を討つ」のではなく「君側の奸を討つ」の
でしょうか?
これについてはいろいろな解釈ができるように思います。

昭和の場合には、「天皇は現人神である」という思想もあって、
「神」に手を下すのはさすがに畏れ多いとする一面があった
のかもしれませんが、反面、多くの日本人がその昔から
「天皇が権力者」であるとは理解していなかったのかも
しれません。

品よく言えば「権威者ではあるが権力者ではない」とする
受け止め方であり、品のない言い方をすれば「天皇は単なる
象徴的な存在に過ぎず、いつの時代でもこの国の実際の権力は
他の者が握ってきた。」と理解されていたことにもなります。

その思想がこの「君側の奸を討つ」という言葉にも表れています。
なぜなら、言葉を変えればもっと分かりやすくなると思いますが、
要するに、青年将校たちは、「天皇は悪くない、悪いのはその
ように仕向けている天皇周辺の奸臣である」と言っているワケで、

さらには、「側近に騙されていることに天皇自身は気がついて
いないが、自分達はそれを見抜いているのだ。」との主張している
ことになります。

極論すれば「天皇は愚かで、自分たちこそ賢い。」ということにも
なり、かなり偏ったジコチューな考え方です。
「天皇を奉る」としながら、実際にはその逆の考え方をしている
わけですから、この考え方には大いなる矛盾があります。

青年将校たちの決起は真面目で純粋な善意が動機になっていた
ことは認めるにしても、イデオロギーに凝り固まった極端に視野の
狭い行動だった、と言わざるを得ません。

ただし、戦後になって一部の日本人からも「戦時中の天皇は
独裁者だった。」との声すら上がったことに比べれば、「天皇が
実際の権力者ではない」と見抜いていた青年将校たちは
ある意味、歴史の現実を直視できていたとは言えそうです。

そう、ほんの短い一時期を除けば、日本は永い間ずっ〜と
「象徴天皇」の仕組みを継続してきたのであり、これはなにも
戦後になってドロ縄式に急ごしらえしたものではないのです。
この「君側の奸を討つ」という言葉が存在していることが、その
なによりの証拠です。

国家の実の権力を握らなかったこの「象徴天皇」のことは、
家庭の真の権力を握れなかった「象徴家長」であるアナタには
よく理解の及ぶところなのでは?

実は、ワタシも誰にも負けないくらい身にしみてよく理解が
及んでいます。




 応援クリックも→ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ   にほんブログ村 トラコミュ 日本史同好会へ ←どうぞよろしく!
            にほんブログ村    日本史同好会


−−−これまでの「世界標準」シリーズ−−−−−−−−−−−−−−−
101 日本史の「世界標準」05 浮世絵師21世紀を描く 浮世絵にスカイツリー?
083 日本史の「世界標準」04 神君孫の歴史書 我が国こそ“総本家”である!
069 日本史の「世界標準」03 楕円形の非常識 なんでまたこんなカタチに?
067 日本史の「世界標準」02 識字のお膳立て 読み書きはこんなに楽しい!
044 日本史の「世界標準」01 神様のご意志 神に選ばれし将軍の自覚!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
フェラガモ 店舗
日本史の「世界標準」06 君側の奸を討つ ヤジ馬の日本史/ウェブリブログ ...続きを見る
フェラガモ 店舗
2013/07/03 17:27
日本史の「世界標準」11 悪口に留まり粛清に至らず
江戸幕府は、良くも悪くもいわゆる「農業重視」を基本政策とした 政権でした。 その証拠に、「商業重視」の姿勢を見せた田沼意次は、道半ばで 失脚し、しかもその後、こともあろうに”ワイロ政治家”などという、 ボロクソの“悪口”を並べ立てられています。 ...続きを見る
ヤジ馬の日本史
2014/01/19 17:03

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
日本史の「世界標準」06 君側の奸を討つ ヤジ馬の日本史/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる