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zoom RSS 日本史の「発明」01 気配りされたアリバイ工作

<<   作成日時 : 2012/11/05 12:00   >>

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実際には遺言?という体裁で残したのではなく、自らの態度で
示したもののようですが、ワンマンだった創業者社長が二代目・
社長選んだ際にはハッキリとその意向が示されていました。

「時代も変わってワシのようなワンマンはもう過去のものに
なった。 今後は経営実務を重役連中に任せることにして、
次代以降の社長たちは黙って決済するだけにせよ。
ええか、それが会社繁栄の秘訣だぞ」 

で、その後何代かの社長は確かにこの「社是」を守り続けてきた
わけですが、時を経てとんでもない「跳ねッ返り社長」が登場
したのです。

「そんなことがあるものか!頭の固い重役連中よりオレの方が
よほど冴えているぞ!だったら、オレの経営方針を徹底させた
方が遥かに断然とっても会社のタメになるはずだ!」

しかし、そのように社長が先頭に立つというスタイルは、今は
亡き創業者の意向に反することにもなり、当然社内から
反発されることは必至です。

しかし黙ってその声に従うような新社長ではありませんでした。
なにしろ、「跳ねッ返り社長」なのですから・・・

そこで何をしたか?
なんと、機構改革を行い重役連中の意見は自分の分身である
「社長秘書」を通すようにしたのです。
つまり、社長の気に入らない案件については、社長に
なり代わってこの社長秘書が「小首を傾げる」わけです。

こうすることで、重役連中は社長の気に入るような案件しか
提案できなくなり、結果、社長の思い通りの経営方針が
貫かれるようになりました。 メデタシ、メデタシ!

もうお気づきだと思いますが、この会社の名は「江戸幕府」、
創業者とは「初代将軍・徳川家康(在任1603−1605年)」の
ことであり、重役連中とは老中たちのこと、「跳ねッ返り社長」
とは五代将軍・徳川綱吉(在任1680−1709年)、また
「社長秘書」とはすなわち「側用人」のことを指しています。

ここまでは、割合よく知られたことですが、でも以下のような
非常に逆説的な疑問が涌いてきませんか?

将軍・綱吉は、「側用人を置く」という「重要政策」を、
つまり「側用人なし」の段階で実現させていることになります。
だったら、そのような大きな実力を備えた将軍には、ハナから
「側用人」なんて取次役職?は必要なかったのではないか?

   イラスト:studio Robin
画像
 なにせ「綱吉」は将軍なのですから、
 部下の老中連中に遠慮する必要も
 ないはずです。
 それでも「側用人」を置いたという
 ことは、それなりに大きな事情が
 あったものと想像されます。 

 では、それは一体なにだったのか?
 ここで問題になるのが、
 「創業者の強い意向」です。

「側用人なし」ですと、綱吉の意志が直接的に「政策」として
実現されるわけですから、これでは「創業者の意向」を無視した
形になってしまいます。

ところが、「側用人あり」の場合ですと、そのような解釈には
なりません。
なぜなら、形の上ではあくまでも「老中達が上奏」してきた案件を
「将軍である綱吉が決済した」という形になるからです。
つまり、「創業者の意向」を遵守していることになるのです。

もう少し突っ込めば、「側用人」とは、「決して創業者の意向に
背いてはいませんよ!」という、思いっきり気配りの行き届いた
「アリバイづくり」のために設けられた役職といえる
のかもしれません。

必要は発明の母」と言いますが、実に上手い手を「発明?」
したものです。
もちろん、この「発明」には綱吉だけではなく、そのブレーンも
関わっていたのかも知れませんが、少なくともそのような知恵を
出せるブレーンを迎えたこと自体は綱吉の功績でしょう。

でも、もうひとつ疑問も出てきます。
こんな「ウルトラC」の技を「発明?」してまで、なんで数十年も
前に亡くなっているご先祖の「意向」を大事に守らなければ
ならなかったのでしょうか?

おそらく、それは「宗教」がそうさせたのでは?
幕府推薦?の宗教「儒教」の最大の徳目は「孝」です。

この時代における「跳ねッ返り」でさえ、親不孝どころか
何十年も前に亡くなっている「ご先祖に対する不孝?」すら
できなかったという古き良き時代のエピソードなのかも。

ですから、親不孝なムスコ・ムスメに恵まれてしまったあなた
には、この「曽祖父にまで孝を尽くした綱吉」の話をジックリ
聞かせて、思いっきり諫めるだけの権利がある!ハズだ!

・・・もっとも、あとはどうなっても知りませんヨ。



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