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zoom RSS 日本史の「パクリ」04 血筋をブランドに!

<<   作成日時 : 2012/09/20 09:00   >>

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後援者 「長期低迷状態とお聞きしていますが、ホントに?」
蓮如様 「確かにイマイチ! と言うより人気サッパリ!かな。」
後援者 「では、思い切った”目玉商品“を企画しましょうヨ!」
蓮如様 「はて、そんな”目玉商品”なんかがあろうかいね?」

蓮如は教祖・親鸞上人の直系八代目の子孫に当たる真宗
の僧で、この頃の教団をリードしていた人物です。
ところが、この教団の布教方法が伝統的に「真っ向真面目」に
過ぎる?こともあってか、大した人気も得られないまま、この頃は
「細々と」という表現がピッタリ似合う状況に陥っていました。

まあ1440年頃、蓮如25歳くらいの時のお話と思ってください。
室町六代将軍・足利義教(よしのり)が暗殺されたのが
1441年ですから、この事件の少し前のことです。

後援者の熱心なプレゼンテーションは続きます。
後援者 「ビジネスの世界でもその通りですが、“他の店にはない
     モノを売る“、これこそが成功の秘訣なのです!」
蓮如様 「そうは言うもののアンタ、阿弥陀如来サマなぞはどの
      寺にもあるものだゾ」

後援者 「蓮如サマァ〜、仏像を売っ払ってどうするんですか!
     カリスマ性を”売り”にするのです、売るのはカリスマ性!」
蓮如様 「よくわからん! もそっと噛み砕いたレクチャーを!」

実は、この後援者の頭の中にはボンヤリながらこんな疑問と
解答があったのです。 〜確かに「権威」はあるものの「武力」も
「権力」も持たない“天皇家”が滅びることもなく連綿と続いている
のは一体なぜだ? えええ、なぜだ!〜

〜それはどう考えても、すなわち「天照大神」のご子孫であると
いう「血筋のカリスマ性」、この一点に絞られる。
う〜む、考えれば考えるほど確かにその通りだ!〜

〜だったら、同様に蓮如サマも「教祖・親鸞サマ」のご子孫である
ことを前面に打ち出して他の宗派との差別化を図るべきでは
なかろうか。 
これこそは、僧の結婚を正式に認めているわが宗派・真宗にしか
できない超難度ウルトラCの隠し技であるゾ。〜
※ちなみに「ウルトラC」は東京オリンピック・体操で使われた言葉です。

確かに、他宗は僧の「結婚」を認めていないのですから、自分の
子供へ伝えようとしても、それは無理な相談に違いなく、結局の
ところ、教えは弟子から弟子へ(つまり他人から他人へ)と伝える
だけなのです。 この点に気がついた後援者はエラい!

後援者 「そのカリスマ性とは、ズバリ、つまり子づくりなのです!」
蓮如様 「なんと!子づくりがカリスマ性とは、なんのことやら?」
後援者 「その理論の整合性については、当方にお任せくださり、
      とにかく、蓮如サマは子づくりにお励みなされ!」
蓮如様 「う〜む、しかしイマイチ釈然としない説明ではあるなア」

で、結果としてこの後の蓮如サマは「子づくり」に励みました。
どのくらい励んだかと言えば、こうなります。
 出展:wikipedia 蓮如
〜妻の死別を4回に渡り経験し、生涯に5度の婚姻をする。
子は男子13人・女子14人の計27子をもうける。
山科本願寺において85歳で示寂。死の直前まで公私共に
多忙を極めた。〜 

このように蓮如サマは1499年(85歳)に亡くなるのですが、
末っ子13男はその前年の1498年生まれ、つまり蓮如サマが
84歳の時に誕生しています。
これはスゴい! みなさんもきちんと見習うべきです。

さて、この大勢の子供達が布教拡大の中心的パワーになった
ことはいうまでもありません。

しかも、その子供達の全員が全員、間違いなく「教祖・親鸞サマ」
の直系子孫なのですから、このカリスマ性が他派には絶対に
マネのできない強味(歴然とした差別化)となって、事実その後の
真宗は勢力を盛り返していきます。

盛り返しすぎて、後の時代には十一世・顕如と織田信長との間で
11年に渡る戦争(石山合戦・1570年−1580年)を繰りひろげる
ところまで行き、それでも一歩も引かなかったくらいのものです。

実は、この天皇家の「血統のカリスマ性」をパクるスタイルは
後世の日本人にも結構人気が高く、意外に多方面で活用されて
います。

たとえば、家元制度とか会社の社長選びの一部などには、その
本人の技量・才覚の優劣よりも「血筋」の方を重視する傾向が
なきにしもあらず?

それだけでなく、一般市民とて無意識ながら「天皇家」が持つ
「カリスマ性」に対しての憧れを意外に強く持っているようで、
たとえば、系図を頼りにした自分の「ご先祖探し」などもその
ひとつの現れなのかもしれません。

これにハマると大抵は「天皇の誰か」にたどりくことになります。
そこで、たとえばワタシのオジのように怪しげな系図を広げては
「ワシは桓武天皇の○代目の子孫なのダ!頭が高い!」などと
無邪気にはしゃぐお茶目な人物も登場してくるわけです。

それでは、本当に日本国民の大多数がいずれかの天皇の
ご子孫かといえば決してそんなこともなく、「系図」というものは
元々そのように、つまり「天皇家」に辿りつくように作られている
モノなのだそうです。
(このことは高名な歴史学者さんも指摘されています。)

画像 それはそうかもしれませんネ。
 「天皇家」に辿りつけない「系図」だった上に
 自分の本当のご先祖様は「へのへのもへじ」
 だってなんてことではやっぱりヤル気が
 出ませんものネ。
 ちなみに現在でも「系図買い」という言葉は
 しぶとく生き残っているようですヨ。

 「へのへのもへじ」
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