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zoom RSS 日本史の「お国自慢」02 尾張系日本人の体験

<<   作成日時 : 2012/07/10 08:45   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 1

昔からよく指摘されることですが、名古屋の人間はお世辞込みで
言うなら「保守的」、お世辞抜きなら「閉鎖的」な一面を持っている
そうです。 もし仮にその通りだとしたら、その背景にある涙なし
では語れない尾張系日本人?の「歴史体験」にもぜひ注目を。

保守的であり閉鎖的な性格〜これをマイナスに捉えるなら、
その責任は尾張系日本人の側にあるのではなく、むしろ「歴史」の
側にある、というのが筆者の持論です。 その理由はこうです。

お話は、戦国の世のスーパースター「織田信長」がこの尾張から
デビューするところから始まりますが、この信長、少なくとも若い
頃は「うつけ(暗愚)者」と見られていて地元民の期待度はゼロに
近いレベルだったようなのです。

ところが、これもまた名古屋生まれの「秀吉」を家来に従えること
によって、スピード違反まがいの勢いで実質的な「天下人」にまで
上り詰めました。

ということは、同郷の人物二人が「天下人」と「ナンバー2」に
なったわけですから、その姿を見続けてきた尾張系日本人?の
胸の内に、おそらくは「前進!前進!で頑張ることは素晴らしい
こと」という意識が芽生えていたことでしょう。

このまま何事もなければ何事もなかったのでしょうが、ところが
「歴史」はそれほど甘いものでもなく、とんでもなく意外で苦い
「大ドンデン返し」を用意していました。

一介の浪人の頃から目にかけ育ててきた部下・明智光秀の謀反
により「絶好調」の尾張系日本人・信長が実にあっけなく倒れて
しまいます。(本能寺の変=1582年)

要するに地元民ではない人間、すなわち「ヨソ者」にやられちゃっ
たということで、尾張系日本人?には当然「ヨソ者」に対する
警戒心も芽生えます。 (これが閉鎖的?になった原因かも?)

さらにはその後、信長の「後継?天下人」の座にチャッカリ納まっ
ていた同郷人・秀吉の政権がこれもまた本人の死後数年の内に
「滅び」の道を突き進んで行く、そういう光景を目の当りにすること
になってしまったのです。 本当にはかない栄華でした。

簡単に言えば、「盛者必滅」・「諸行無常」の実写版二本立てを
立て続けにビジュアル体験させられた、ということになります。
こうなると、尾張系日本人すなわち現代で言うところの名古屋人
の意識に変化が生じても不思議ではありません。

すなわち、「イケイケドンドンとは、つまり身を滅ぼす」ことであり、
「目立つこと、イコール、敵を生むこと」であるとする生活哲学を
学び、さらには「ヨソ者には注意を怠るな!」とするライフスタイル
を身に着けたということになるわけです。

ここまでならともかく、民族の不幸?(幸?)はその後の「歴史」
が実に念入りに「ダメ押し」を用意したことにあります。

それが尾張藩主・宗春と徳川八代将軍・吉宗との間で繰り広げら
れた「意地のぶつかり合い」で、この場合も「将軍様に楯を突く」
という、とりわけ目立つ行動を取ったことで、結局は実質的な
「失脚」に至るという結果に。
これも実は過去のパターンそっくりそのままのカタチでした。

※この経緯は〜日本史の「ツッパリ」03 将軍と墓石入牢〜でも取り上げました。

画像  出展:宗春ロマン隊
 このような逆転劇を二度ならず
 三度までも見せつけられれば、
 尾張系日本人でなくともこれはもう
 完全に「トラウマ状態」になります。
 ならない人間がいるのなら教えて
 貰いたいくらいのモノです!
 すみません、つい感情的になって
 しまいました。

 そんなワケで、名古屋人の保守的
 ・閉鎖的・慎重な性格は、歴史的に
見れば、間違いなく織田信長・豊臣秀吉・徳川宗春の三人が
作ったと言うことができます。

ここでお話が終わってしまえば、タイトルの「お国自慢」どころか、
ただのチンケな「自虐史観」ということになってしまいます。
ですから、筆者としてはマイナスをプラスに変えるレトリックを
用意しなければなりません。 それがこれです。

「一億総イケイケドンドン」と言えるほどの、あの「バブル経済」の
時代(1990年前後頃)、その波を横目で見ている少数派民族が
国内にもいました。 もちろん、尾張系日本人のことです。

歴史的なトラウマ体験から、イケイケドンドンや目立つ生き方を
是とすることができなかった彼らは事態を静観(傍観?)していた
わけです。
スマン!地元のこととて少し恰好をつけすぎました。
(単に、乗り遅れたというのが真相かもしれません。)

しかし、「禍福は糾(あざな)える縄の如し」!
この「バブル経済」がはじけてみると、地元が受けた被害?は
他の地域に比べ割合小さかったのです。 このことは、たとえば
地元銀行などの損失額等を検証しても一目瞭然の事実です。

煎じ詰めれば、尾張系日本人の先人達、信長・秀吉・宗春が
身をもって遺してくれた「教訓」のお蔭と言えるのでは?
よって、尾張系日本人の「お国自慢」のひとつに、「良き先人達の
存在」をカウントしてもいいような気がするのです。

隣人?である三河系日本人・徳川家康も、信長・秀吉の生き様
からきっちり学んでいます。

「本能寺の変」と「豊臣家滅亡」の双方をリアルタイムで体験した
家康が、その後の人生においては「石橋を叩いても渡らない」と
揶揄されるほどの「慎重派人間」に立派に成長?していることが
それを裏付けています。


※参考
〜日本史の「ツッパリ」03 将軍と墓石入牢〜 吉宗VS宗春のガチンコ勝負!
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※「お国自慢」シリーズ
〜日本史の「お国自慢」01 古事記1300年〜 それは地元・名古屋にあった!
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