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zoom RSS 日本史の「パクリ」03 ヘソクリ妻とチャッカリ夫

<<   作成日時 : 2012/06/25 09:01   >>

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ヘソクリ妻で有名な「お千代」さん(島倉千代子ではない)と、
そのチャッカリ夫「山内一豊」、この夫妻、実は司馬遼太郎の
小説「功名が辻」で主人公として取り上げられており、現代人に
とってはかなり「有名人」?と言えるのかも知れません。

妻の名「千代」は「まつ」を正しいとする説もありますが、前出の
「功名が辻」で「千代」とされているために、こちらの方が有名?
ところが、もっと有名なのがこの千代さんの「ヘソクリ話」です。

一豊は一目惚れした名馬を手に入れたいと思ったのですが、
なにぶんにも高価なために半ば諦めの心境でした。
そのことをなにげに妻にグチったところ、その千代から思いも
しない言葉が飛び出したのです。

「とうチャン、私のヘソクリでその馬をお買いなさいな!」
こうして購入した馬が、晴れのパレードの折、主君・織田信長の
目にとまり、結果ご褒美(加増)を頂いた・・・と展開し、多分に
「内助の功」・「妻の鑑」を意識したお話になっています。

一方、夫・一豊にはこんなエピソードが残っています。
激動する戦国の世のことですから、あの時の主君・信長も滅び、
その後を引き継いだ豊臣秀吉も没して、今や目前に迫っている
のは、その豊臣家と家康率いる徳川家の実質的な正面決戦
(関ヶ原の戦い・1600年)です。

実はこの戦い、「勢い」では優っているものの家康には「大義」の
面でいささかキズも持っていました。
そりゃあそうでしょう、昨日までの主君・豊臣家を相手に面と
向かって武力行使しようとしているワケですから。

また、主君?豊臣側とすれば「正義」を看板にしたところで、
「軍事的劣勢」という状況は変えようもありません。
こんな状況で誰もが第一に考えることは「勝ち馬に乗る」こと!

ということは、戦になった場合には豊臣側・徳川側のどちらも
ひょっこり心変りする「裏切り者」が出るリスクを背負っている、
ということになります。
つまり、諸将が最終的な段階で、「大義」と「勢い」のどちらを
重視するかによって取るべき道が分かれるわけです。

こんな状況下ですから、合戦中に「裏切り者」を出すような事態
だけは避けておきたい家康は、その担保として事前に諸将を
「ふるい」にかけることを考えました。
それが下野国(栃木県)小山における軍議(小山評定)です。

家康のその意向は事前に諸将も知っていましたから、あれこれ
思案を重ねたことでしょう。
ここで、山内一豊は同僚?堀尾忠氏にサグリを入れました。
同僚とは言うものの、このとき一豊56歳、堀尾23歳ですから、
自分の息子に当たるほどの年下の者です。

一豊はいたって丁寧な物言いで、
「さて、堀尾サンはどのようにされるの?」
年配者から下手に出られた堀尾に気分の悪かろうハズもなく
情熱を込めて話した出したわけです。
「家康様のご心配はこの点ですから・・・ペラペラペラ・・・」

さて、軍議の本番、家康はこんなことまで言っています。
「人質をとられている方もあろうから、どっち側につこうが自由に
してよろしいヨ」 これは、合戦本番での「裏切り」を心配する
あまりの発言だったのかも知れません。

「ワタシは断然、絶対、根っから家康殿にお味方します!」と
福島正則などが発言すれば、諸将も負けじとばかりに同様の
「威勢いい」言葉を続けたものです。

この流れの中で、一豊はこう言いました。 「私の城・掛川城は
家康殿にご自由に使っていただくようご提供しましょうゾ!」 
これは、自分の財産も家族も家来もぜ〜んぶ家康に預けるという
意味ですから、つまりは、「これなら、しようとしても絶対に裏切り
なんぞできゃ〜せんでしょ!」とアピールしていることになります。

こんな展開では、諸将とて同様の発言をせざるを得ません。
それを聞き続ける若い堀尾は、目がテン、呆然自失、頭の中が
真っ白け、という有様でした。
発明賞に値する「アイデア」をものの見事に一豊にパクられて
しまったからです。

このチャッカり君・一豊の発言があった瞬間に「関ヶ原」での
徳川方勝利が決定したようなものでした。
なぜなら、徳川方には絶対に「裏切り者」が出ないことになり、
一方の豊臣方にはそれが出るように、既に家康は仕組んでいた
からです。(小早川秀秋への工作など)

一豊のこの発言に対する家康の「喜びよう」はハンパではなく、
それが証拠に、「関ヶ原」の本番?では大した働きもできなかった
一豊に「土佐一国」を与えています。
「小山評定」での一豊の言葉に対する「お礼」なのでしょう。

画像

        出展:高知城
古今東西、「出世」するような人はそれなりの能力を備えている
ものですが、では能力がなければ出世できないかといえば、
必ずしもそうでないことをこのエピソードは教えてくれています。
う〜む、これだから「日本史」を粗末にしてはいけないのです。


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