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zoom RSS 日本史の「言葉」04男女平等・女流名人

<<   作成日時 : 2012/05/30 18:00   >>

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今年のロンドンオリンピックのマラソン競技では、男女全選手が
一斉にスタートし、その順位を争うことになりました・・・これは、
「男女平等」の理念に基づいた委員会の決定です。
(もちろん、これは嘘ニュースですよ、念のため!)

さて、「男女平等」を字義通りに解釈するなら「男女が等しく平ら」で
「同一の立場」にあるべきですから、上の嘘ニュースのように
ヨーイ・ドン!で、男女選手が一斉にスタートする方法こそが、
唯一「正しいあり方」ということになりゃあしませんか?
こう突っ込まれたら、さてあなたならどう答えるのでしょうか?

世の中には、高邁な「理念」であるがために、却って多くの誤解や
混乱を招いてしまうケースも少なくないようです。
これは、テレビ討論などでも見慣れた?光景でもありますが、
要するに、その「理念」対する「情緒的・感情的」な反応が先に
立ってしまい、冷静な議論が成り立ちにくい、ということです。

画像 実は、「男女平等」の理念についても同じ
 ことが言えます。
 日本の歴史では、かつては「母系」中心
 だったものが 時代と共にそれが変化を
 続け、実態はともかく「男尊女卑」とか、
 それを跳ね返した「男女平等」とか、
 性別についての「理念」も盛んに議論
 されるようになっています。

さて、その「平等」とは? 元々は仏教用語だそうでその概念は
結構難しいモノのようです。 物事のあり方がありのままの立場
から見ればすべて同一であること、を意味するようです。
これを分かりやすく説明すると・・・う〜ん、要するに難しいのです。

でももし、この言葉が文字通り男女の立場の「等しく平ら」な状況
を意味していると解釈するなら、こんな疑問に直面することには
なりませんか?
たとえば、囲碁・将棋の世界の「女流名人」とはなんなのだろう?
これこそ「性差別」の象徴だ、ということになりゃあしませんか?

はたまた、先に挙げたオリンピック競技でもなんでわざわざ
「男子マラソン」と「女子マラソン」に分かれて走るのか、という
素朴な疑問にも突き当たることになってしまいます。

そりゃあヤッパシ、もともと体格差・筋力差があるのだから、男女
(女男と言うべきか)別々で当然ではないか、と考えるのであれば
これはすでに「平等」の定義である「等しく平ら」で「同一」の土俵
ということではなくなっています。 あっちゃ〜! 
では、どう説明すればいいの?

この問題については、少し前のアメリカで起きた「事件?」が
とても参考になります。
1970年頃のことですが、「男女は社会的には対等・平等であり
性別による差別や区別の壁を取り払うべきだ」という考えのもとで
始まったウーマン・リブ(女性解放運動)がそれです。

主張する「理念」は至極もっともなのですが、ところがこの「平等」と
いう言葉に縛られてしまった?のか、こんな活動も派生しました。
女性を差別するものとしてブラジャーを否定し、これは捨てるべき
ものと主張する「女性」たちが現れました。
日本ではややセンセーショナルに「ノーブラ運動」と呼ばれたので
ご記憶の方もあるかもしれません。

その理論理屈はこうでした。 男性が着けていないブラジャーを
女性だけが着けるのは「男女不平等」である。
だから捨てるべき! さすがにここまで来ると、インテリ共通の
「頭デッカチ」そのものの弱点が露呈している印象です。
※もっとも、「だから男性もブラジャーを着けるべきだ!」との主張に至らなかった
  ことは世界中の男性にとっては「朗報?」でした。


だから当然、このウーマンリブの主張に対して、反対する男性
たちも現れることになり、同じようにデモも起こしました。
この辺がさすがにアメリカらしいところですが、そのプラカードには
ちょっぴり皮肉とユーモアも交えて、
「そうとも!おっしゃるとおり男女は平等だ!だから女性たちにも
徴兵制を!」と書かれてあったと言います。
※この当時のアメリカ人男性には徴兵制度があった。

このように見てくると、本当に「男女(女男)平等」という理念が
正しいのかどうか、少々吟味を加える必要もありそうです。
誤解を恐れずに言えば、オリンピックを「男女別」で競うのは、
何よりも国際社会全体が「男女非平等」を認めていることになる
・・・のではないでしょうか。

そして、事実この「男女別競技」についても、「男女平等」では
ないからまことにケシカラン、という意見が出ているワケでも
ありません。 むしろ「男女平等」よりも「男女が公平であること」
の方が、より合理的であり、より重要視すべき、という考え方に
立っているように思えるのです。

そう、現実社会における「男女平等」・「男女公平」という高邁な
理念には、まことにビミョーでデリケートな側面があるのです。

髪の毛ボウボウの人も髪の薄い人も、「散髪代金」は基本的に
同額です。これを「平等」と言うべきなのか、それとも「公平」と
言うべきなのかは・・・カミのみぞ知る。

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日本史の「言葉」08 女「さんがい」に家なし
この言葉を聞いて、「ははん、男尊女卑だった昔は女性が 三階に住むことが許されなかったんだなあ。」と理解したアナタ、 その考え方は間違いなく間違いですヨ。 「さんがい」とは「三階」ではなく実は「三界」の字を当てるのです。 ...続きを見る
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