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zoom RSS 日本史の「忘れ物」05やじろべえ国家

<<   作成日時 : 2012/04/25 02:00   >>

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胴の先が細く、人の形をして、左右に伸びた手の先の重りで
バランスをとる「やじろべえ」は日本の伝統的な玩具です。
このバランス、日本における「権威と権力」の関係によく似て
いませんか? そう、日本は「やじろべえ日本」なのかも?

「権威と権力」を言い換えれば「カリスマとパワー」になります
が、日本史の大きな特徴として、いつの時代もこの二つは
「独占」ではなく「分担」されていることが挙げられそうです。

ようやく国家としての体をなしてきた聖徳太子の時代も、天皇
(正確には大王か?)には推古女帝が就き、摂政・聖徳太子との
コンビできっちり「役割分担」をしています。
つまり、この時代の政治実態には、天皇=権威、摂政=権力の
分担システムがあったように見えます。


画像 このカタチはしばらく続いたのでは
 ないでしょうか。
 斉明女帝=権威、中大兄皇子=権力、
 などもその構図の範囲にあるのかも
 知れません。
これが、もう少し後の時代にはもっと顕著になります。

明らかに藤原氏の力が前面に出るようになり、その分天皇家は
控えめな立場にならざるを得なかったのですが、そういう時期
でも天皇家の「権威」自体は温存・尊重されています。

どんなに藤原氏が権力を誇ろうが、建前の上ではあくまでも
天皇家の臣下に過ぎない、ということなのでしょう。
一言多いのですが、「世帯主はオレだ」と威張っていても、家庭の
実権をカアちゃんに握られているアナタのようなものだ、と補足
すれば分かりやすいでしょうか。 いわば「象徴世帯主」です。

さて、その後には「幕府」という武士権力が登場することになります
が、ここでも権力のトップ・征夷大将軍は、権威のトップ・天皇から
任命されることで、初めてその地位を認められる仕組みになって
います。 つまりは「権力」と「権威」はまったくの別物であり、
また、その担当者も必ず異なっている(別人)というわけです。

さらに時代が進むと、権力側も権威側もそれぞれが「細胞分裂」を
起こすことで、より細かく分割されていきます。
朝廷は天皇(権威)と上皇(権力)、幕府は将軍(権威)と執権
(権力)、双方共がさらに「二本立て」へと深化していきます。

この後も、時代の変化に合わせた種々のアレンジはあるものの、
よく見れば、朝廷側も幕府側も、この伝統的?な分担システムを
崩してはいません。
むしろ、摂政・関白・院・執権・管領・老中などの役職?を配置し
ながら、どちらの組織も注意深く権威と権力の「一極集中」を
避けてきたようにすら見えます。

なぜか? おそらく、それは「独裁者」の誕生を避けるための
「知恵」に他ならないのでしょう。
権威と権力の「一極集中」が「独裁者」誕生に直結することは、
現代の「北朝鮮」を見ればよく分かることです。
日本人にとって、権威と権力を集中させることは、昔の昔から
絶対的な「悪」だったのです。

では、なぜ「悪」なのでしょうか? これは実はとても分かりやすい
ことで、その昔から日本社会が「和」をポリシーとしてきたことに
よります。

つまり、「独裁」と「和」は相容れない概念だからこそ、その「和」を
死守・保全するために、神経質なくらい「権権分担」にこだわらざる
を得なかった、という言い方になります。

その視線で天皇家を眺めてみると、こんなことも言えそうです。
明治〜昭和前半には、天皇を「現人神」とする思想がありました
が、しかし、これとて「カリスマ性」に対する演出には幾分の効果を
もたらしたのかも知れませんが、「独裁者」と呼べるほどの「権力」
を備えることはしていません。

明治天皇や昭和天皇を「独裁者」と見なす歴史観もままあるよう
ですが、これは明らかに間違い勘違いです。
政府の「上奏」に対して、天皇が「拒否権」すら行使できないので
あれば、とてもじゃないが「独裁者」とは呼べません。

そうしてみると、実はこの「現人神」の時代でも、限りなく神経質に
「権権分担」にこだわり続けていることが分かります。

※ワタシは勝手にこれを「日本人の独裁者ノイローゼ」と命名しています。
  いい例が、多少過激な発言をしたことで「独裁者」という表現を用いられた
  大阪の橋元市長です。
  「選挙」で選ばれた上に、しかも「野党」が存在しているのにもかかわらず、
  そう呼ぶのですから、これは「ノイローゼ」以外の何物でもありません。


ということは、日本はその昔からずっと権威優先の「象徴天皇」を
続けていたのであって、その概念は戦後のGHQが「発明」したもの
でもなんでもなく、元々がそういう存在だった、ということに
なります。 ※GHQ=連合国軍最高司令官総司令部

では、「なぜ、権威・権力の分担(二本立て)なのか?」という
鋭く深いツッコミがあることも予想して、前もって極端にサブ〜い
回答もご用意しておきましたので、どうぞ存分にお楽しみください。
「だからこそ、日本(にほん)史なのだ!」

〜日本史の「忘れ物」04幕府の無届転居〜
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庶民の暮らしぶり・・・歴史の中でも案外よく分かっていないのが、 ここのところだという話を耳にしたことがあります。 なるほど、そりゃあそうかも・・・みんながみんな朝日文左衛門の 真似をするわけにはいきませんものネ。 ...続きを見る
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