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zoom RSS 日本史の「陰謀」02混乱の即位固辞

<<   作成日時 : 2012/02/25 08:20   >>

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645年、20歳の中大兄皇子(天智天皇)が蘇我入鹿を倒した。
これが、いわゆる「乙巳の変」(大化の改新)である。
これを受けて、皇極女帝はすぐさま息子・中大兄皇子に
天皇位を譲る旨の意思表示をした・・・らしい。


画像 実はこのあたりの歴史には、素直にうなづけない
 「怪しさ」を感じている。
 今回はその中のひとつ、天皇即位を辞退した
 三人について見てみよう。
 もっとも、この時代は「天皇」より「大王」と表現
 した方が正確かもしれない。

さて、この時の皇極の意思表示は、母(皇極)から息子(中大兄
皇子)へのバチンタッチだから、まあ妥当な継承と言える。
ところが、中大兄皇子はなぜか固く辞退の意を示し、その替わり
として、叔父・軽皇子を推薦するのである。

さてさて、推薦された軽皇子もなぜかスンナリと受諾しなかった。
三度も辞退を繰り返した上で、自身の替わりとして、古人大兄
皇子を推薦した、ということだ。

三度も辞退とは、つまりは「断固拒否」の意思表示だ。
「いま、天皇なんかになってはおれぬ!」 こんな気持ちだろう。
ところが、その軽皇子が推薦した古人大兄皇子の場合は、
固く辞退したどころではなく、逃げるように出家してしまった
のである。 三者連続「三振(辞退)」である。

揃いも揃って、天皇という栄光の座?を避けたがる三人衆の、
この行動にはなんとも釈然としないものが残る。 
こればかりではないゾ。
謙譲の精神?を発揮した三人衆、中大兄・軽・古人大兄の
その後の顛末も実に不可解なモノなのだ。

一応は軽皇子が説得?され皇極女帝の後継天皇(孝徳)として
即位し、このドタバタ劇にも終止符が打たれるのだが、これで
一件落着!とはならなかった。 映画案内風に言えば、「これは
単なる予告編に過ぎなかった」のである。

さて、その折、出家した古人大兄皇子はこの辞退から僅か
二月後、なんと「謀反の疑い」を受け、驚くなかれ当の中大兄
皇子に攻め殺されている。 なんで?と訊かれても困る。
私の方がアナタにお尋ねしたいくらいのモノだ。
まあ、たぶん中大兄が仕掛けた「謀略」だったのだろう。

一方、説得?を受諾した「孝徳天皇」は、この八年後、たった一人
都に置き去りにされるという屈辱の目に遭っている。
これも中大兄皇子が仕掛けたことだ。 ガックリ気落ちしたものか
孝徳はその翌年には死んでしまうのである。 

さて、その孝徳天皇が崩御したとなれば、今度こそはいよいよ
中大兄皇子の登板かと思いきや、これがまた肩透かしで、なぜか
皇極女帝が重祚(再登板=斉明天皇)することになるのだ。
一旦引退した元・天皇が再登板することも、実は史上初の
人事異動?である。 

クーデター(乙巳の変)勃発、即位辞退者の続出、謀反事件、
天皇孤独死、中大兄皇子の即位拒否、初の重祚(しかも女帝)
これら一連の異常事態は、やたらめったら胡散臭くないか?
前述の「素直にうなづけない怪しさ」とは、この意味である。
おい、みんな!いったい何をコソコソ画策しているのだ!

この先は一家言ある人も少なくないようだから、こんな見方も
あるらしい、という通り一遍のご紹介に留めておこう。

乙巳の変については、要するに軽皇子(孝徳)によるクーデター
であり、中大兄皇子が地位を追われたのだ、との見方がある。
当時の中大兄皇子と蘇我入鹿との関係は良好であり、政策も
近いことから、中大兄皇子が入鹿を抹殺しようとする動機が
見当たらない。 このことがその理由になっている。

それに、もうひとつ。 
ややこしい関係だが、孝徳の「妻」は天智の「実妹(間人皇女)」
であることにも注意を払う必要がありそうだ。 

すなわち、孝徳を「置き去り」にしたことは、前回クーデターに
対する中大兄皇子の「お礼参り」だった可能性も否定できないが、
さらには孝徳の手中から「妹」を奪い返した、という意味合いも
大きかったのではないだろうか?

つまり、クーデターを操った「孝徳」が(もちろん、表向きは孝徳の
「妻」ということにはしているが)中大兄皇子を牽制するために、
「妹」間人皇女を「人質」に取っていた、という見方である。
さらに、ここに「天智と実妹(間人皇女)は愛人関係」という見解が
重なってくると、話は一層「複雑怪奇」な様相を呈してくる。

なんという、クッチャクチャな人間関係なのだ!
もう、週刊誌のスキャンダル記事を読んでいる気分だゾ!
だが、孝徳崩御後の中大兄皇子の「即位辞退」は、妹が愛人
だったことがその理由、とする見方も確かにあるのだ。

この時代は、異母兄弟姉妹間での恋愛・婚姻はともかく、
同母兄弟姉妹間でのそれはさすがに許容範囲外だったらしい。
すると、この関係はいったいどう表現したらいいものだろうか?
不倫?姦淫?不貞?不義?密通?情事?淫乱?ちちくりあい?
イカン、関心が脇道に逸れてしまった。

ひょっとしたら、妹(間人皇女)に対する中大兄皇子の一方的な
「片思い」だったのかも知れない。 
それにしてもダ、いかに飛び切りの美女だったとしても、実の妹
を女として愛してしまう、こんなことって本当にあるのだろうか?

その点については、ある方からこんな鋭いご教示をいただいた。
〜中大兄皇子が実の「弟」を、男として愛してしまった〜という
ケースに比べれば、「妹」の方がよほどスッキリしているゾ。
ナルホド!目からウロコの歴史観でした。

〜日本史の「陰謀」01聖徳太子の狂言〜


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