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zoom RSS 日本史の「忘れ物」02奥州四代の奇習

<<   作成日時 : 2012/02/20 08:00   >>

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奥州藤原氏四代(清衡・基衡・秀衡・泰衡)のミイラについて、
あまり詳しいことは分かっていないようだ。
まず、自然にミイラになったものか、それとも意図があって
人工的にミイラにしたものか、この基本的なことについても
意見が分かれているようである。

画像 自然ミイラ人工ミイラかいずれにせよ
 遺体をキッチリ保存・保管していたという
 ことは事実である。 そうなると、はやり
 肉体を後世に残すことに何らかの意味を
持った一種の「ミイラ信仰」が存在していたと考えられる。

では、おそらくは当時の日本でも一種の「奇習」に属したであろう
その「ミイラ信仰」は一体どこからきたのだろうか?
それとも、奥州藤原氏が独自で「発明」した信仰だとしたら、
どのような背景・経緯があってこれが誕生したのだろうか?

「即身仏」信仰もあったのだろうが、少なくとも三代・秀衡の
ケースに限れば、それを実践?したものではないハズだ。
晩年の三代・秀衡には実に多くの仕事があったことが
その理由になる。 ほんとに実際まことに、超多忙だったのだ。

義経の亡命受け入れ、頼朝側との外交折衝、戦の準備、一族の
団結作業など、てんてこ舞いの忙しさだったと言える。
こんな超多忙な人間に「即身仏」に備えるだけの時間的な余裕が
あったとはとても思えないからである。

その超多忙だった三代・秀衡がミイラに(された?)なっている。
ということは、奥州藤原氏は特異な文化・風習・死生観・宗教観を
持っていた、とも考えられる。 「特異」というのは同じ奥州の
安倍氏・清原氏にはミイラが見られない、という理由からだ。

では、死後の肉体を残す奥州藤原氏の信仰心とは、いったい
どんなもの? ひょっとしたら、それは当時の人にとっても、
もちろん現代日本人にとっても、まったく想像を超えた驚天動地の
世界だった、ということだってあり得るゾ。

「前九年の役」とか「後三年の役」とかの言い方がそれを示して
いるように、少なくともこの頃の奥州人は大和人とは異なる民族、
いわば「外国人」と受け止められていたようだ。
「役」とは本来、外国との戦争を意味するからだ。

確かに、他の国や他の宗教の一部には、死後も肉体を残そうと
する考え方がある。 エジプトのミイラがそうだし、キリスト教にも
その傾向はある。 そして、そのどちらもがその「信仰心」と
「死後の肉体」は「神」の存在と密接にリンクしているのである。

では、奥州藤原氏が本当に「異民族」だったかというと、これは
どうも違うようで、戦後の調査において「大和人と同じ人種」との
結果が出ている。
そうなると、なおのこと奥州藤原氏の「信仰・死生観」を覗いて
みたくなるではないか。

もしかしたら、それらすべてが奥州藤原氏の滅亡とともに、
忘れ去られてしまった、ということかもなの知れない。
それにしても、その誕生経緯・宗教背景・現存している事実などに
思いをはせれば、この「ミイラ」の存在は日本史の中でも屈指の
「ミステリアス度」を発光し続けている、と言えるのではないか。

いずれかの時期に、さらに詳しい学術的調査を行い、その
「全容解明」を期待するものか、それとも「歴史のロマン」として、
このままの「ミステリアス性」を残しておきたいものなのか、
歴史ファンの意見も大きく分かれるところなのかも知れない。

日本の奥州では「ミイラ」が長く大切に保全されているが、
外国の欧州では「ミイラ」を「薬」として用いた時期もあったらしい。
エッ!何に効果が? もちろん「ダイエット」に決まっているゾ!

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日本史の「忘れ物」03信長と平和事始
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2012/03/06 18:14

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