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zoom RSS 日本史の「陰謀」01聖徳太子の狂言

<<   作成日時 : 2012/01/25 07:30   >>

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もしこれが事実だとしたら、国家の大失態である。
国際的な大恥であり、国家の威信にもキズがつく。
どころが、その「大失態」がアッケラカンと記録に残されている。
ということは、どう解釈したらよろしいのか?

聖徳太子が、隋の煬帝に宛てた国書の中身は有名だ。
「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。
恙無しや、云々」  かなりのツッパリを感じる物言いだ。
ところが、これに対する煬帝の返書を携えた使者・小野妹子は
帰国の途中に、こともあろうにそれを「盗まれて」しまった・・・
ということになっている。


画像 「国家文書」は重要であればあるほど、
 厳重に管理されるため、そうそう簡単に
 「盗難に遭う」ようなことはない・・・ハズだ。
 だったら、「盗まれた」のではなく、「盗まれた
 ことにした」 ・・・のではないか。常識的には
 このように考えられる。 そう、煬帝の返書は
 ちゃんと太子の手元まで届いていたのである。

〜ここから先の会話は、推理・想像である。〜
太子と妹子は、その返書を挟んで額を寄せ合っていた。
太子「まいったナ。かなり怒っているし、わが国を中国配下に
   組み込もうとする腹がミエミエの内容だ」
妹子「太子の手紙を見たときの煬帝は、それはそれは
   まさしく瞬間湯沸器のようでしたヨ」

太子「この返書にダンマリを決め込むワケにもいかんしなア」
妹子「今度のお返事は多少おとなし目の表現にしてみたら
   どうでしょうか?反省しているフリをするワケです」
太子「それはいかん。中華思想に凝り固まった奴に対して
   頭を下げるような表現をすれば、わが国が柵封体制に
   組み込まれてしまう心配もあるからな。そうならないように
   前回も多少ハッタリを効かせたのだし・・・」
妹子「なるほど、外交文書って結構奥が深いモノなんですネ」

そこで、太子の熟考、しばしの沈黙があった。
太子「妹子君、この手はどうだろう?」
妹子「どの手ですか?右手?左手?」
太子「こんな時につまらんボケはお止しなさい!
   要するに、この返書を失くしたことにするのだ。」
妹子「失くしたって? だって、ここにあるじゃないですか。」
太子「だから妹子君、君が帰国の途中に盗まれたコトにする
   ワケだ。これなら、ワタシはこの返書を見ていないことに
   なろうが。」
妹子「そりゃあそうですが。でも、賛成できませんネ」

太子「なんで? ワタシがこの返書を見ていないことになれば、
   返事を書く必要もないのだから八方丸く収まるではないか。
   ここは関係者全員の<和>の精神で行こう!」
妹子「そりゃあ、太子はいいですよ。でも私は<返書を盗まれた
   ドジなヤツ>ということになって、末代まで汚名が残ります。
   それはカンベンしてくださいよ」
太子「妹子君、君の考えは浅いゾ。この返書を見た上で無視した
   ということになれば、わが国に末代なんてものがあるのか
   どうかも大いに疑問だぞ。」
妹子「プッツンした煬帝が怒りにまかせて攻めてくる、
   と言っているのですか?」
太子「脅すつもりはないが、その可能性もゼロではないナ」

妹子「ヒェ〜!でも<ドジなヤツ>と言われ続けるワタシの立場も
   結構辛いモノがありますヨ」
太子「おうおう、それは充分に分かっておる。国家の一大事を
   救うわけだから、それなりの補償は考えている」
妹子「それなら不承不承の上で、承知いたします」
太子「なんだ、どうせならもっと気持ちよく承知しろヨ」

こうして、隋・煬帝の返書は、小野妹子が帰国の途中に
盗まれて「紛失」したことになった・・・のである。
このことで、太子も微妙なバランス感覚を必要とする回答を
作る必要がなくなったし、また<盗まれたドジな>妹子にも
「引責・降格処分」はなかった。メデタシ、メデタシ!

なお、煬帝が立腹したのは「日出處」「日沒處」との表現に
対してではなく、「野蛮人」が勝手に「天子」を名乗った点に
ついてだそうである。 つまり、中華思想である。
日本人は、何も「天子」の名称を使うくらいのことは、こちらの
勝手じゃないかと考えたくなるが、「中華思想」というものは
そういうことを絶対に認めない、ということだ。

この聖徳太子の狂言から学べる「歴史の教訓」がある。
それは、「中華思想」を重視するなら、「ラーメン」とは言わず
由緒正しく「中華そば」の名称を用いるべき・・・ということである。


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日本史の「陰謀」02混乱の即位固辞
645年、20歳の中大兄皇子(天智天皇)が蘇我入鹿を倒した。 これが、いわゆる「乙巳の変」(大化の改新)である。 これを受けて、皇極女帝はすぐさま息子・中大兄皇子に 天皇位を譲る旨の意思表示をした・・・らしい。 ...続きを見る
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2012/03/06 13:50

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